黒衣の処女

解説

「制服の処女(1931)」と同じくドロテア・ヴィークとヘルタ・ティーレが共演する映画で、ジナ・ヒンク女史が書卸した脚本により「制服の処女(1931)」で助監督を勤めたフランク・ヴィスバールが監督に当ったもの。撮影はフランツ・ワイマイヤーで、作曲は民謡研究家で「青い光」を作曲したパウル・デサウ、セットはフリッツ・マウリシャフトの担任である。ウィーク、ティーレの両女優を助けて「アトランティド」「青の光」のマチアス・ヴィーマン、「嘆きの天使」「秋の女性」のカール・プラーテン等が出演している。

1932年製作/ドイツ
原題または英題:Anna und Elisabeth

ストーリー

イタリアとスイスとの国境近い村落--ラゴ・マジーレの湖の様に静かな村に一つの噂が嵐の様に湧き起った。村の一少女アンナが一度確かに死んだ弟を祈りに由って甦らせたと云うのである。単純な村人は忽ち噂を信じた。彼等はアンナを聖女と呼んで礼拝した。奇蹟を求むる人々が潮の様に押し寄せた。アンナは心苦しかった。彼女は自分に奇蹟の力があると信じる事が出来なかった。彼女は唯集った病める者に取り囲まれて、おろおろとしかし真心と愛とを込めて神に祈り続ける丈であった。しかしそれだけで信心深い村人の病は不思議にも癒されて行った。そしてアンナは黒衣の処女として敬われながら、しかし乙女らしい喜びのない生活を強いられていた。アンナの村に程近いエーレンホーフの女地主エリザベートはアンナの噂を聞いて彼女の胸は不思議な希望にふるえた。若く美しく富めるエルザベートの足もとは何時も黒い裳を長く曵いていた。そして車椅子に。彼女は歩けない体だった。その障害が若いエリザベートを世に背かせた。彼女は人間嫌いだった。彼女を見た誰もが思わず顔に浮かべる憐れみの表情に彼女は耐えられなかったのだ。彼女のたった一人の友達、肺を病む青年音楽家マチアスはエリザベートの請いに任せて厭がるアンナをエルザベートの館に連れて来た。アンナは又しても奇蹟を行わなければならないと云う重い責任感に落ち着きなく蒼ざめた。しかしエリザベートは不思議にアンナに魅せられてしまった。今迄決して信じられなかった信仰を彼女はアンナに対して感じた。それと今迄何の人間にも抱いた事のない妖しい愛情とを。アンナを手離す事がエリザベートには烈しい苦痛となっていた。その焦慮と信仰と愛着とが強いショックとなって彼女は足が立つ様になった。二十何年間夢にだけ想い見たこの喜び。アンナに対するエリザベートの狂信と恋着。彼女は胸の病重ったマチアスをもアンナに救わせ様とした。しかしマチアスは理性の人だった。彼は不安に震えながら祈りをこめている優しいアンナの姿を眺めながら死んで行った。奇蹟に対する自信を全く失ったアンナ。聖女でない乙女の生活を喘ぎ求めているアンナ。そのアンナが今は次第に自分からも逃去ろうとしているのを感じてエリザベートは慄然とした。アンナは永遠に彼女のマリアでなくてはいけないのだ。彼女を引止める為に、そして彼女に自信を与える為に、再び奇蹟を行う機会を与える為にエリザベートは水に入った。アンナは生命の無いエリザベートの体に取縋って泣いた。生命にかけて自分を信じていてくれた人、障害者らしい怖ろしい程の熱情で自分を縛りつけていた人。エリザベートと呼ぶアンナの声に彼女は眼を開いた。「アンナ、この平和!私はお前を信じる!」かくて啜り泣くアンナの手の中でエリザベートは大理石の様に白く冷ややかになって行った。

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