「サスペンス映画を代表するクルーゾー監督の演出の凄さとシャルル・ヴァネルの名演」恐怖の報酬(1952) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
サスペンス映画を代表するクルーゾー監督の演出の凄さとシャルル・ヴァネルの名演
サスペンス映画の筆頭に挙げられる、このアンリ・ジョルジュ・クルーゾー作品は、その評価に反しない実力と完成度を持っていた。危険極まりない大量のニトログリセリンを輸送する恐怖感を単刀直入に描破した演出の迫力と、緊迫した極限状態に置かれた役者の演技の両立により、その圧迫感は観る者に映画ならではの醍醐味を与えてくれる。
上映時間2時間10分の構造は明確に三部構成になっていた。第一部はベネズエラの街ラス・ピエドラスに居る主要登場人物と街の説明で、貧しい村落とその民衆、そして熱い日差しの気候が表現されいる。イブ・モンタン扮するマリオがよく出入りする薄汚れたバーの場面が面白く描かれており、そこの主人始め現地の人たちの性格描写もいい。ここにはマリオの恋人リンダがアルバイトをしている。しかし、何故彼ら白人がこの辺境の地に流れ着いたのかは、よく分からない。定職に就かない男たちの吹き溜まりのような場所であり、惨めに見えるが同情も出来ない。クルーゾー監督は人物を客観的に、あくまで乾いた演出タッチで描いている。だからマリオと友達付き合いになるジョーという中年男も謎の人物のままであり、通常の人間ドラマの深さはない。もっともニトログリセリンを積んでおんぼろトラックを運転する過酷な仕事に挑む男たちが、極普通の価値観や生き方をしてきたとは想像できない。この前提があり、アメリカ資本の石油会社は、4人の男たちに2000ドルずつの報酬を契約する。
第二部はサスペンスフルなクライマックスが連続する。険しい山道の上りのカーブを補強する木製の建造物がトラックの重さで歪む。その板を支えるワイヤーがマリオのトラックに引っ掛かり、車が何とか回り切るとその板が崖に崩れ落ちていく。この時ジョーは既にこの任務に怯えて自信を無くして怖気付いた醜態を晒している。次は大きな岩が道を遮っている。少量のニトロを注ぎ込んで爆破させるが、その破片が待機したトラックのニトロの容器に落ちてくる。ジョーを演じるシャルル・ヴァネルの恐怖に慄く表情が巧い。そしてマリオたちの先に行くトラックが悪路の振動で大爆破して車ごと木端微塵になり、男ふたりが跡形もなく消えてしまう衝撃が続く。道には石油が溜まり、ゆっくり通り越そうとするが、マリオの慎重な運転にも拘らずジョーの片足を引いてしまう。この事故を演出するクルーゾータッチとヴァネルの演技の凄さ。
第三部は、ひとり成功して生還するマリオの帰路と、ラス・ピエドラスで彼を待つリンダがカットバックされ結末を迎える。これ自体がラストカットのように物語を決定付ける語りの上手さがある。
巧みな構成によって作られたスリルとサスペンスの強烈で生々しい迫力に圧倒される。俳優の吐息が聞こえるようなクルーゾーの演出と特にシャルル・ヴァネルの名演が印象に残る、映画史に記録されるべき傑作だった。
1978年 10月21日 新宿アートヴィレッジ