劇場公開日 2012年9月7日

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「下ネタの連発するおバカ映画には間違いないけれど、なぜかホロリとさせられます。」ディクテーター 身元不明でニューヨーク 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0下ネタの連発するおバカ映画には間違いないけれど、なぜかホロリとさせられます。

2012年9月11日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 サシャ・バロン・コーエンの人気は、アメリカではジョニー・デップを凌ぐというから驚きです。年間収入もジョニデを上回る稼ぎとか。それくらいアメリカの映画ではコメディに人気があり、本作のようにSFやアクション大作を凌ぐ興行成績を残す作品も珍しくないようなのです。
 ただコメディというジャンルを超えて、コーエンの俳優としての才能の高さは、もっと日本国内でももっと評価されるべきでしょう。その片りんを感じさせるのが『ヒューゴの不思議な発明』への出演。ヒューゴを捕まえようとする駅の警備員役で存在感を感じたひとも多かったのではないでしょうか。
 本作は、企画・脚本・プロデュースの裏方の指揮全般と一人二役の主役をこなすという多才さ。下ネタの連発するおバカ映画には間違いないけれど、ジャック・ブラックの出演作のようなドタバタ劇とはひと味違う風刺の効いたもの。よく見ていると、むちゃくちゃをやっているように見えて、しっかり計算された笑いが仕込まれていたのです。
 そしてラストには場違いなラブシーンもあって、ホロリとさせられる展開に驚かれることでしょう。

 コーエンの笑いは、日本でいえばニュースペーパーに近いなかなかの社会派なんです。時事ネタのひねり具合では、ニュースペーパーを圧倒しているかもしれません。何しろ、自身はユダヤ教徒なのに、登場する独裁者アラジーン将軍はユダヤ教を憎むイスラム教徒。アラジーン将軍思う存分ユダヤ教徒とイスラエルの悪行を語らせるとは、何とも罰当たりな信徒なんですね。そんな教条的なアラジーン将軍がラストでユダヤ教徒と和解しなくてはいけない事態になってしまうことがミソ。本作の隠れたテーマは、独裁者を描くことで、対立しあうアラブ諸国とキリスト教諸国が和解し合う大切さをサラリと語っているのです。

 独裁者に和解せざるを得ない展開をもたらすのが、フェミニストの活動家ゾーイの存在。側近に寄って影武者とすり替えられて、ニューヨークの街に捨てられてしまったアラジーン将軍は、トレードマークのヒゲを剃られて、誰も本人だと気づけない一回の浮浪者に落ちぶれてしまいます。そんなアラジーン将軍と偶然出会い、自分の経営する自然食スーパーの店員として雇ったのがゾーイでした。独裁者とフェミニストの組み合わせとき何とも真逆な組み合わせです。でもアラジーンは、ゾーイの優しさに好意を募られたことから、正体を隠し、次第にゾーイのいうことにも耳を傾けたのでした。それは大勢の人の意見を聞くこと。将軍だった頃の自分は少しでも意見が合わないと次々処刑命令を出していったのでした。
 そんなゾーイに連れられて立ち寄ったのが、自分が処刑したはずのワディヤ人のたまり場の店。あっという間に正体がばらされたアラジーンのピンチを救ったのが、処刑したはずの核ミサイル開発者でした。

 自分を権力の座から追い出した側近は、影武者を操って、欧米と和解し、民主制への移行を誓約する和平条約をアメリカと締結すると発表。残り3日間で何とか影武者と入れ替わらなければ永遠に独裁者の地位をはぎ取られてしまうことになったアラジーンは核ミサイル開発者と共に反撃を開始します。けれどもゾーイの密告という思わぬ裏切りにあって、計画が側近側にバレてしまい、大ピンチに。刻々と調印式典が進むなかで、アラジーンはどう切りぬけるのか。またゾーイとの関係は修復できないのか、ぜひ劇場で目撃されて下さい。

 チャップリンの『独裁者』と比較して、本作のアラジーンは独裁者といっても、支援する国や多国籍企業のお飾りに過ぎないという実情がなんとも現代的な設定と言えるでしょう。独裁者といえどもそれらの意向に逆らったら、影武者と取っ替えられてしまうのです。
 そんな皮肉をたっぷり効かせてくれるのが将軍に復帰したアラジーンの各国記者を前にした記者会見での演説でした。演説の中には独裁国を支援したり潰したりするアメリカの矛盾を痛烈に皮肉っていたのでした。

 ただラストシーンを見る限り、自身の独裁ぶりを反省したかどうか定かではありません(^^ゞ裏では時事ネタをしっかり絡ませながらも、理屈無く笑わせてくれる作品なので一度ご覧になれば、きっとコーエンの世界にはまると思いますよ。

流山の小地蔵