劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 後編 永遠の物語のレビュー・感想・評価
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2つのTV版、本作劇場版の3作は異なる世界線? 「廻天」に向けての布石か。
前編の「始まり」、後編の「永遠」を合わせての⭐︎5評価。前編はまどマギの世界観(設定と人間模様)の提示なのでそれだけで初見では評価不能。12話=(4話x2)+4話=(前編)+後編、での本作後編は、起承転結の転結または序破急の急に相当していて、ドラマ性が素晴らしいです。
昨年放送された2つ目のTV版(TVEdition)に関して、昨年末の「リアルサウンド」での評論/指摘がとても興味深いです。初期TV版・本作劇場版・TVEditionの3作には看過し得ない差異、合理的ではない差異が存在していて(委細省略)、
それを喩えるとすると、涼宮ハルヒの「分裂」、「驚愕」で設定されているα世界線、β世界線を援用すると、上記の3つの作品はどれが主世界線なのか定かではないけれど、私たちはα世界線、β世界線、γ世界線の3つの異なるものを観ていて(観せられていて)、なんか違うな〜と思っていても、「叛逆」の前半パートでのキャラ達のように・・気づいていない?
公開間近の「廻天」の予告編・キービジュアルでは、「黒電話」がとても重要なヒントになっていますが、「廻天」がSF設定としての「並行世界」を、より強調するという物語の展開になる場合、本作を含めた第1部3作の微妙な差異は「廻天」に向けての隠喩的な布石となっていると言えるかもしれません。
絵柄で見ない、は勿体無いことを知った作品。
果てしなかった。
結論から言うと好きなストーリーやったで。
タイムスリップや平行世界の話好き。
新しい世界を作るとかわけがわからないけど、
思っていた以上にぶっ飛んでいて面白かった。
みんな死んでってやばい。
気になってる人、タイムスリップが好きな人
見たらどうでしょうか。
落ち着いて考えても新しい世界を作るってヤバイ。
今まで見たことないタイプのアニメでした。
説明のあるエヴァ納得www
14.5.3
パート2
内容は、総集編2ですね。とても良いです、はい。
ほむらの真実というか想いがよく伝わる。まどかには、悪感情がないのだろうか、、、優しすぎる。
煮え切らない気持ちも無くはないですが、とてもいいです。大画面で最後のシーンとかみれて最高!
あとは、KalafinaとClariSが最高ですね。
言葉の洪水
騙すという行為自体、僕達には理解できない 認識の相違から生じた判断ミスを後悔するとき何故か人間は他者を増悪する
彼女達を裏切ったのは僕達ではなく寧ろ自分自身の祈りだよ どんな希望もそれが条理にそぐわないモノである限り必ず何らかの歪みを見いだすことになる やがてそこから最悪が生じるのは当然の摂理だ そんな当たり前の結末を裏切りだというならそもそも願い事なんてすること自体が間違いなのさ でも愚かとは言わないよ 彼女達の犠牲によって人の歴史が紡がれてきたこともまた事実だし そうやって過去に流された全て涙を礎に今の君たちの暮らしは成り立ってるんだよ それを正しく認識するならどうして今さらたかだか数人の運命を特別視できるんだい?
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語らずにはいられない
永劫回帰系のタイムループものだったとは(「恋はデジャヴ」「バタフライ・エフェクト」みたいな)。
こういう物語の結末はだいたいどうなるか分かりますよね?
これ自体は実によくある設定なのですが、このアニメは、最初はその全容が分からずに、ちょっとずつ明らかになってゆく。この展開が上手い。タイムループものであると分かるのは、だいぶ後になってから。
タイムループものの魅力は、円環構造。ぐるっと一周回って戻ってくるんだけど、これは現実世界のメタファなんだよね。
現実世界も円環構造だとみなす考え方がある。この考え方では、未来が過去となる。要するに、人間は昔から同じこと繰り返してるだけで、未来も同じこと繰り返すだけ、ということ。未来に起こりうることは、既に過去で起こっている。
上とは逆なのが「未来は常に進歩する」という考え方。1960年後半から2000年までの日本で信じられていたようなもの。
今の時代、時間を円環構造として見なした方が良いと思うんだよなぁ。これから日本は沈んでゆくのだ。この流れには逆らえない。ぐるっと一周回って悪いターンに戻ってきたと思えば、気は楽だよね。
魔法少女に花束を
希望を持って願い事をし、魔法少女となった少女達は、いつしか絶望を余儀無くされ、呪いを振り撒く魔女へと堕ちる。
それが、この作品の魔法少女システムであった。
希望と引き換えに押し寄せる逃れ様の無い絶望。
その連鎖をまどかは最後、自らが全ての魔女を生まれる前にこの手で消し去る概念となる事によって断ち切った。
本来魔女になる筈だった魔法少女達は、その概念たる円環の理に救済される事で絶望に押し潰される必要は無くなった。
そして敵も純粋悪である魔獣となった事で、彼女達は悪を敷く正統的な「魔法少女」になったのである。
この結末に辿り着いたのは、ここでは説明をやや端折る事になるが、今まで魔法少女達の壮絶な運命を目の当たりにし続けたまどかという人間と、ほむらの想いが起爆剤となったSF的ロジックの賜物である。
本作はSF的要素を導入しつつキャラクターの人間的な内面に深く切り込む作品となっており、精緻かつ衝撃的な展開に裏打ちされたエンターテイメント性と、高度な内面劇的文学性を両立した非常に完成度の高い作品だ。
ここまでの積み重ねと結論の全てが論理的にも心理的にも完璧な上、視聴者の情動にダイレクトに響く感動的なフィナーレを迎え本作は完結する。
全ての要素が非常に高い水準を持って相乗し、自分を含め多数の方々に大きな感動を与えて下さったこの作品とその製作陣に精一杯の感謝と敬意を示したい。
奇跡も、魔法も、あるんだよ
願いと引き換えに魔法少女となったヒロインたちが辿る残酷な運命を描き、近年稀に見る傑作となったアニメの総編集劇場版後編。
これまでの伏線が繋がり、謎が明かされ、壮大に展開していく完成度の高い物語に身震いする。
まずは、前編のラストで魔女と化してしまったさやかの顛末。従来の愛と勇気が勝つストーリーだったら救われる所だが…。
さやかのエピソードはアンデルセンの「人魚姫」がモチーフなのは言うまでもない。想いを抱く幼馴染みの男子の為に身を捧げるが、決して結ばれる事は無く願いは報われない…まさに「人魚姫」そのもの。だからさやかは、“人魚の魔女”なのだ。
そして、ほむらの秘密。
時にまどかが魔法少女になるのを阻止し、時にまどかを影ながら見守って来たほむらの真意が明かされる。
それはこの物語の核と為すもの。真の主役はほむらだったのだ。
人知れず孤独な戦いを繰り返し続けて来たほむら。
その一途な思いに、胸震え、心痛まずにはいられない。
(余談だが、この直後に挿入されるTVシリーズOP曲「コネクト」は劇場版においては必要だったのだろうか? TVシリーズだからこそ感動を呼んだのであって、劇場版では少々蛇足に感じてしまった。それならば、劇場版ではカットされてしまったTVシリーズ第1話の冒頭の夢のシーンを前編冒頭に挿入してくれた方が、物語に深みが出たハズ)
ほむらの盲目的な行動は、かえってまどかと自分自身を苦しめていた事が分かる。
だが、立ち止まる事は出来ず、ほむらは最後の戦いに挑む。最強の魔女、ワルプルギスの夜。
その時、まどかは…。
遂にまどかは魔法少女になる決意をする。
しかし、願いはやがて呪いとなり、魔法少女たちは救われず報われず、永遠に負の連鎖を繰り返す。
その運命を変え、魔法少女たちの希望となるべく、まどかは願う。その願いとは…。
文字通り、全てが覆され、まさしく神の領域にまで広がっていく。
ラストの解釈はなかなかに難しいが、その分、考え甲斐があり、誰かと語り合いたくなる。
これほど完璧で無駄の無い物語はそうお目にかかれない。そこら辺の氾濫する実写映画など到底足下にも及ばない。
完全オリジナルとなる新作劇場版の公開も決定。
続きを作り出すのは楽な事ではないだろうが、それでも待ち望んでいるファンの願いは叶えられる事だろう。
だって、この物語は奇跡を繰り返してきた魔法のような作品なのだから!
TV版での妙は映画では機能しない
まず僕はTV版のファンだ。精緻な展開と帰結に紅涙を絞らされる大傑作だと思うし、この劇場版2部作でもその感動が半減されることは無かった筈だ。その上で…しかし僕はこの劇場版後編に一点、どうしても我慢ならない部分がある(前編はよく纏まっていたと思う)。
10話の処理の仕方だ。
さて、TV版は「24分12本勝負」だった。時間的制限の強いTV放送枠の中で1話毎に如何に視聴を続けさせるかに挑み続けていた。つまりは一つの物語を12本の映画に分けて作ったような作品だ。これはTV枠ならではの妙だ。
特に10話はこれまでベールに包まれていたほむらの真意を、彼女が時間軸をやり直してゆく過程で暴き、視聴者を作品に引き込む最後の一撃となった話だ。そして連作短編的な味わいと共に、これまでの9話を30分の映画のように再構成してみせた。そして、だからこそ冒頭現れるほむらのギャップに我々はビビり、1話のほむらになってゆく過程に見入り、ラスト、ほむらの心境と重なるような「コネクト」の歌詞に燃えたのだ。
一方劇場版後編の冒頭は9話だ。そして基本TV版と同じ流れで進む。10話の内容は9話の内容が終わってから語られ始める。それは得策でなくとも別にいい。
問題は、10話が語り終えられるとTV版と殆ど同じ尺と映像で「コネクト」が流れだす事だ。
この前の冒頭で映画としてのOPで、しかもTV版OPと同じノリで「ルミナス」が流れている。つまり観客はそれを観た上で中盤2度目のOPを見せられるのだ。これが物語を語る上での映画の一本道を狂わせてしまったように思えてならない。TV版では効果的だったが、映画版では「コネクト」が中途半端な状態に陥ってしまった印象を受けた。
情報を週毎に小出しにできるTV放送と違い、やはり映画は一作品の中で物語の一本筋を保つ必要があると思う。それをしないと、軸がずれたように見え凄くシラケるからだ。後編における中盤と終盤の「コネクト」挿入はTV版での妙で、それは映画では機能せず結果的に話の流れを妨げてしまったのだ。
僕としてはやはり9話を後回しにしてでも冒頭にどんと10話を語り、その後だけに満を持してOPを挿入し、終盤は普通に「ひかりふる」バックにクレジット→翼を広げるほむらで締めるべきだったと思う。
インタビューを見る限り、新房監督はこれを気の効いた挿入と考えている様だが、気の効いたつもりが大きな間違いだ。そこを心して新編にかかって頂きたい。
新作への期待感は十分
テレビシリーズは1話が実質20分なので、まどマギの場合は全12話でおよそ240分。劇場版の前後編あわせてもそのくらいあるので、カットしているシーンはごくわずか。前編でも感じましたが、非常にわかりやすくまとめられているので、まだ見たことのない人は、劇場版からでもぜひ一気にみてほしいところ。
さやかと杏子が消えたあとの、キュウベェとほのかの会話シーンなど、新作カットも前編よりも印象的でした。
それにしても、あのラストはあらためてみても、文字通りの「神」展開というか……主人公が神になってしまうんだものなあ…。すごい話だ。最初テレビをみはじめたときは、こんなことになろうとは。
そして3部作の3作目にあたる新作の予告編。やはり期待せずにはいられません。なにに対する「叛逆」なのか。テレビシリーズおよび劇場版前後編は、ほむらとまどかの円環の物語だったわけだけど、そのループが終わり、新たな展開へ。マミ、杏子、さやかの活躍も楽しみです。
壮大な予告編
前編がTV版第1話~8話を凝縮して2時間弱の作品に上手くまとめていたので、見ていて結構お得感があったのに対し、後編は残り4話のエピソードをまとめたもの……という事で、正にTV版をそのまま劇場で流された様な印象。
確かに、魔女との対決シーンなどは劇場版という事で迫力が増していたけど、後にあの壮絶なラストが控えているだけに、そのインパクトも薄れる感じ。
そのラストも、TV版と全く同じなので、改めて見て「やはり凄いオチだな~」とは思いつつも、あまり劇場で見る意味を感じられなかったのが残念な所。
逆に、今回初めて見るって人には、物凄い衝撃を与えたんだろうけど。
エンドロール終了後の第3部予告編が、この後編のメインだと思うと、2時間近い時間をかけた壮大な予告編だったのかな~?なんて思ってしまう次第。
まどかの最後の言葉が、来年公開の第3部に直接繋がる様なストーリーなので、この熱が冷めない内に第3部は公開して欲しいです。
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