「原作既読者→欲求不満 未読者→意味不明」悪の教典 こばこぶせんさんの映画レビュー(感想・評価)
原作既読者→欲求不満 未読者→意味不明
一週間かけて、原作の単行本を読んだあとに鑑賞。
原作は、話の筋が荒いところがあったけど、次々と先を読みたくなる作品であった。上下巻900ページ弱、すらすら読めた(流し読みをしたが)。
…で、映画である。一言で言うと以下のようになる。
原作を読んでいなければ、意味がわからない映画だったのではないだろうか。ただの猟奇的な主人公が、ライフルを使って、大量殺人を行うという。原作を読んでいれば、深みに欠ける、説得力に欠ける映画だったのではないだろうか。
映画で一番描けていなかったのは、蓮実の心理描写ではないだろうか?
共感能力が欠如した、サイコパスだからは描く必要がないのだろうか?
蓮実が殺人を繰り返す理由は、無いようで有り、有るようで無いのかもしれない。
小説では、自分の「自由」を邪魔するものは排除するということが書かれていたように思う。自分の自由を邪魔するものを排除するためには、法もモラルも倫理も関係ない。両親も友人も関係ない。自分に与えられた、思考力・判断力とそれを補完するために日々精進し鍛え上げた身体能力を惜しみなく使う。
映画では、蓮実の行動の源泉にある「自由」への強い志向と、共感能力の欠如を補うために必死に積み上げた人の心理を読むために知識、それらをフル活用して残忍な計画を立てる過程がかなり抜けている。クライマックス(4組生徒の全員の殺害)へ向かうまでの思考が、数分の沈黙で描かれており、原作を読まないものには、クライマックスへの行動があまりにも唐突に始まっていくのである。蓮実の知性で、蓮実なりの論理展開で、我々日常に住むものが、蓮実のいる非日常の世界に連れて行かれるのが魅力なのだ。
また、蓮実に少しだけ、ほんの少しだけ有るかもしれない、共感能力に関しても描けていなかった。美彌に手をかけるのを少し戸惑うところなど、もう少し丁寧に描けたのではないだろうか。
大量殺人の中、蓮実も幻覚を見る。幻聴を聴く。耳栓をしていなかったので、微妙に行動に変化が出る。蓮実も人なのだと思う。映画で描いてはいるけど、原作を読まない人には、わかりづらいシーンが多いな、やっぱり。
生徒は生徒で、あまり思考することなく行動する。意味もなく、さまざまな行動に出る。団結するのが難しいのは仕方ないにしても、蓮実のシンパと蓮見に疑惑を向けるもの、自分で思考しないもの、友人も実験道具にしか見ないもの…映画では一応描かれていたが、思考や心理が描けていないので、なぜその行動をとっていたのかがわからないと思う。
一人一人がしっかり描けていな買ったのも残念。せいぜい、出席簿で出欠とるように、死んだものの名前テロップで確認してほしかった(『バトルロワイアル』はそんな感じだった)。
蓮実をもっと良い先生として描いてほしかった。
この作品の恐ろしさは、人が大量に死ぬことではないのだと思う。
学校という「聖域」で、誰からも人気のあるすてきな善人が、実はサイコパスであり…というところが怖いのである。
ギャップがあればあるほど怖い。
蓮実の良い先生ぶりを、善人っぷりを、しっかり描いてほしかった。
R15指定なのだから、虐殺部分やセクシャルなシーンなど、もう少ししっかり描いても良かったのではないだろうか?
圭介がハンダごてで殺されるところなどは、想像するだけに恐ろしかったのに、一回当てられてうめいただけで、すぐにブルーシート巻きとは…。
美彌はつっぱっていて、人を寄せ付けなくて、でも蓮実には心を許したから、魅力的なキャラだったのに(映画ではただの美少女)。柴原は、もっと男の本能そのものの動物キャラだから、蓮実と対称的になっていてキャラ立ちしていたのに(ドラムのうまい、生徒から人気が出るかもキャラでは、存在感が弱い)。
クライマックスで、殺人を楽しむ姿はすごい。BGMの当て方には監督のセンスと遊び心を感じた。過去の回想シーンを、蓮実宅の破れ障子の背景に移していくのもおもしろいと思った。さすがである。
映画で見られたので、原作の世界が広がったこともあった。
蓮実の口笛の「モリタート」や「マックザナイフ」などは、音楽の知識がなかったので、本だけではイメージができなかった。
また、ライフルの威力が、控えめながらも描けていたので、人がどれだけすっ飛ぶのかが、よくわかった。
エグザイル系グループの主題歌は、合っていなかった。
余韻を消すうるささがあった。もっとしんみり終わった方が良かったのでは?
原作が厚い本名のだから、2時間半で描くのは無理がある。
全部は見ていないが、『序章』を見ると、映画が理解しやすいと誰かのレビューにあった。確かにそう思う。2時間分の『序章』を作るのだったら、原作を読んでいなければわからない映画を作るのだったら、最初から前後編にした方が良かったのかもしれない。そう思った。