「他人の愚かさを垣間見ることとは、こんなにも禁断の好奇心が満たされることだったか!」恋のロンドン狂騒曲 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
他人の愚かさを垣間見ることとは、こんなにも禁断の好奇心が満たされることだったか!
ウディ・アレン監督が、先に公開された「ミッドナイト・イン・パリ」の前にロンドンで撮った恋愛喜劇。恋に身を焦がす登場人物たちの何気ない日常を描いていて、あまり映画を見ない人でも、身構えずに見られます。但し、そこはアレン監督作品。注意深く見ていけば、皮肉たっぷりの人生模様が浮かんでくるのです。
話のテーマの表向きは、人はいくつになっても恋なくして生きられないというものです。描かれる4組の恋は違って見えますが、結局は現実逃避から生まれた幻想でしか過ぎないし、夢からさめると厳しい現実が待ちうけていること。アレン流にコミカルに味付けされていても、強烈な毒気を盛り込んでいたのです。そこには、人の不幸をのぞき見ると可笑しいものだという禁断の心理が隠されていたのです。恋の幻想に狂わされてしまう当人たちにとっては真剣に奮戦するほどに、それをのぞき見る観客からすれば、滑稽としか写らないのですね。でも、当人たちは、まるで蜘蛛の糸にしがみつく亡者の如く、恋が生み出す幻想のなかに、のめり込んでいくわけです。
人の不幸をネタに楽しんでしまう点で、アレン監督と観客は“共犯者”のような悦楽を感じてしまう作品でした。アレン監督の人間の愚かさやおかしさを肯定も批判もしない達観した眼差しは、意地の悪い神様か、はたまたおちゃめな悪魔のようでもありました。
始まりは、40年連れ添ったアルフィとヘレナ夫妻の突然の離婚から。その理由はやがて訪れるであろう死への不安にアルフィが取り憑かれてしまったため。アルフィは、若さを取り戻すため、家を出てしまうのです。
アルフィは小綺麗なマンションを借り、ジムに通って体を鍛え、スポーツカーに乗り廻します。そして驚くことに、娘より若くてケバケバしい女性と再婚してしまうのです。でもこの結婚、実はたまたま部屋に呼んだコールガールを金にあかして口説き落としたものでした。しかし次第に金銭面で追い詰められて、おまけに再婚した妻の浮気も発覚してしまいます。
そんなアルフィと別れたヘレナは、離婚のショックから一時は、精神薬に依存するものの効果が出ず、クリスタルのお告げと称する怪しい占い師に心酔し、精神世界に傾倒していきます。やがてオカルト系の本などを扱う店を営む男と過去世の話で意気投合、結婚を意識するものの、その男にも問題が…。
一方、ヘレナが頼りにしている娘サリーは、は夫と不仲。勤め先の画廊のオーナーといい感じになったと早合点して期待に胸を膨らませるものの、妄想でしか過ぎなかったのです。サリーの夫で売れない小説家ロイもまた、向かいのアパートのエキゾチックな美女に心をときめかします。何度かの偶然が重なり、この美女の結婚を思いとどまらさせ自分のものにしたものの、問題は交通事故で死の床にいる友人の未発表の小説を自分のものにしたこと。事も有ろうに、てっきり死んでしまうものと思っていたら、意識が回復したことで、次第に追い詰められていくことになります。
人は誰もがよりよい人生を夢見て、選択を繰り返します。けれども、一見幸運を引き当てたようでも、禍福は糾える縄の如く、皮肉な事態を引き起こしかねないものなのですね。劇中に登場する4組のカップルは、それぞれ離婚を機会に、今度こそ幸せになれると思ったことでしょう。そうはさせじと、次々トラブルを仕掛けるアレン監督は、なんと意地悪ジジイなことなんでしょうね(^^ゞ
気になるのは、精神世界の扱い。ヘレナがしきりに過去世の話ばかりに夢中になっていく姿を捉えて、ナレーションでは精神薬に依存するよりかは、クリスタルのお告げに耳を傾けるほうが本人にとって救いとなるかもと皮肉たっぷりに語られるところに、カチンときました。ただ劇中のヘレンのように、神秘的なことに依存して、主体的に考えられなくなるのも問題ですね。自らの正しい心の探究という強い自助努力の精神があった上での、占いや精神世界の言葉を参考にする程度に止めておくことが大切ではないでしょうか。
まぁ今回は主演をアレン自身から、ホプキンスを迎えたことで、アルフィの現実離れした浪費生活にリアルティが感じられるようになりました。ケバケバしい女をパートナーにしても、老いを感じさせないダンディさがかっこいいんです。いつもは恐怖劇の主人公となり、怖い顔を浮かんでくるのがお決まりのホプキンス。でもたまには若い女を侍らせて、にやけている姿を見るのも、映画ファンなら面白いと思いますよ(^。^)