鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言のレビュー・感想・評価
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【”自分の命を木に打ち込む。”今作は、宮大工西岡常一氏が末期がんを患いながら、薬師寺西塔再建に取り組む様を記録した、ムネアツドキュメンタリ―映画である。】
ー 私事で恐縮だが、私の書架には西岡常一氏の著作が2冊ある。
「木のいのち木のこころ」そして、今作で映された西岡常一氏の名言の多くが記された「木に学べ:法隆寺・薬師寺の美」である。
購入した動機は、建立された薬師寺西塔を観に行った際に、氏の名を知ったからである。
その本の中では、今作でも氏が語る”木でなく、山を買え。”と言う思想と、木の特性を知り尽くした言葉の数々や、且つて宮大工の仕事には欠かせなかった”槍鉋”を再現した過程などが綴られ、大変に面白かったモノである。
文章は平易であるが、そこには”モノづくり”に命を懸ける男の生き様が記されていたからである。
今作でも、それまで代々仕えていた法隆寺との建築に対する考え方の相違(鉄を使わない、コンクリートを使わないと言う西岡氏の信念:そして、それは現在では建築学者も認めている事であるが、当時は違った。)により、法隆寺を去り、薬師寺の宮大工で生きる苦悩の決断が描かれる。
又、林業が衰退した日本では、求める気が得られないという判断で、台湾まで出かけ木を調達する姿。その際に口にする木の特性の見分け方を述べる姿。
驚くのは、西岡氏の弟子に対する接し方、声の掛け方である。声を荒げる訳ではなく,肝要なポイントを端的な言葉で伝える姿に驚く。だが、弟子たちは西岡氏の事を怖いというのである。
それは、氏が語るように”失敗したら、切腹する。”と言う想いが伝わるからであろう。ー
<今作を観ると、本気でモノ作りをする男の凄さと神々しさにヤラレルのである。今作で描かれる内容は勿論面白いが、業種は違っても本気で仕事をする姿勢や後進を育てる姿勢など、随分教えられるドキュメンタリー映画である。>
大工❤ 匠の時代になるはずだった。
7月26日 15時00分よりかつしかシンフォニーヒルズにてベートーヴェン交響曲第九番を聴きに来た。
新日本フィルハーモニー交響楽団 梅田俊明指揮
東京混声合唱団 1-7-22
大工なり。行きと帰りにカーペンターズの
『マスカレード』を聴く。
「木を買うのではなく、山を買え」
日本の年功序列の良い所だ。今でも続いているのだと思うが、残念ながら社会がそれに目を向けなくなってしまったように感じる。
この棟梁の良い所は「経験があるから、考えに振れがない事」だそうだ。数は少なくなってしまったのだろうが、今でもそうであってもらいたい。
匠の心得
奈良の寺院など1300年以上の歴史的建造物が残っている要因に宮大工さんの知恵、存在があったのですね。最新技術の粋を集めたスカイツリーにも五重塔の心柱の技術が応用されていますので大したものですね。
西岡家の代々の口伝の中に
・堂塔の建立には木を買はず山を買へ。(木の育った環境を知ることで木の品質、特性が分かることらしい)
・木は生育の方位のままに使へ。(日当たりや風向きを知ることで捻じりの耐性が読みとれ、それをそのまま活かすのが大事)
というのがありましたが、実際に山に入って品定めまでしているのを観て感心しきりです。
木材ばかりか和釘や刃物工具に至るまで拘るのは日本刀をはじめとする同じような伝統の知恵の結集、継承の賜物なのでしょう。
ただ、仕事が寺社仏閣ばかりで文化財の保護・復元が役目、それもやがて廃れていくのかと悲観的に思えましたが、先日観たテレビの住宅リフォームのビフォー・アフター番組で一級建築士の匠も茶室は宮大工さんに丸投げしていましたから餅屋は餅屋、今でも伝統は引き継がれ、それなりに重んじられているらしい・・。
西岡常一がカッコよすぎて
西岡という偉人の言葉を、映像化して残してくれてありがとうという気持ち。。
最高すぎるので全人類観るべきだと思う。
私の持論。人生重ねて重ねて出した結論、っていうのはたとえ同じこと言っててもそりゃあ重みが違う。年寄りのそれがいかに自分のものとは違っていても、若者のそれより断然尊重されるべきだとは思うのですが、最近の風潮はどうも違いまんな。
ということで行ってきました。
宮大工・西岡常吉の記録。
木を加工する作業、音もビジュアルもホントに心地よくて、槍鉋かけるシーンとかずっと観ていたかった。
厳かな気持ちになりました。
1000年っていう長ーいスケールで考えると、自然に逆らうなんざ愚の骨頂やな、と心から思った。いかに自然の法則に沿い、自然の力を利用するか。
ベストな建て方をすれば、建物としては木が最も長持ちする材料になる。
その方法を先人から受け継ぎ、探求し、時代遅れと言われようと頑固に実践し続けた西岡。
伝えられなかった知恵すらも研究し、現代に活かそうとする彼の凄まじい努力は、出来上がった建造物に現れている。
穏やかな爺さんに見えるけど、実践と知識に裏打ちされた芯の強さと鋭さが時折覗く。
晩年、入院生活が続き棟梁の職を辞すことを願い出たが、薬師寺は受け入れなかった。棟梁として棟梁のまま死ねることを知り、鬼の西岡が男泣きに泣いた、というエピソードにぐっと来た。
長いスパンで歴史から学ぼうとすれば、あらゆる答えがあるはずだ。と思える説得力が、本作にはあった。
自分の魂を木に打ち込むつもりで、仕事をやってもらいたい
神様のようなもので、毎日崇めていました
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