「悪役だって自己実現したいんです」シュガー・ラッシュ 永賀だいす樹さんの映画レビュー(感想・評価)
悪役だって自己実現したいんです
悪役は悪役だから悪役なのであって、そこに疑問を挿し込もうなんてディズニーの根本に挑戦しようという意欲作。
ゲームのキャラクターとして役割が定められている一種の階級社会で、その役割に不満を抱いている悪役ラルフが主人公。その相棒もバグを含んだイレギュラーということでゲーム内でつまはじきに。
日陰者な二人が、いかにして自分を見出すかという「自分探しの旅」的な映画。
普通に考えたら「ゲームなんだから四の五の言うなよ」となるところに、悪役が集まってのグループ・セラピーという形でヒューマニズムを提供、一気に人間らしい感覚を植えつけるあたり、さすがはディズニーさん、手管を熟知していらっしゃる。
ラルフがそんな按配で冒険のたびに出るのだから、パートナーも純真なだけじゃ務まらない。
というわけで、本作のヒロインはこまっしゃくれた小娘を配置。初登場の短いシーンでラルフを手玉に取りつつ、ほっとけないポジションを確保。
おいおい本当にイレギュラーなキャラなのかと思わせるインパクト。ラルフのデカさに対比してちっちゃくてカワイイというデザインもイカす。
計算され尽くされていて、この辺は本当にディズニーですよ、奥さん。安心して子どもにも見せられますね。
ただ上っ面こそディズニーなものの、そこはディズニーたる所以のアレな部分もないわけじゃなかったりする。
端的に言うと保守的な階級社会の尊重といった価値観。
残念なことに、本作ではその雰囲気がそこかしこに秘められている。
映画『シュガー・ラッシュ』としてはチョイ役ながら、それぞれのゲーム内キャラクターとして主人公を張ってるフェリックスは、FPSゲームのガイドとして主人公に近い立場の女性軍人・カルホーンと恋に落ちてしまう。
だけど二人は異なるゲームのキャラクター。その恋は許されない・・・と思ったら、おいおい、そっちに流れるんかいなという具合。
そのくせ本作で主役のラルフは、とりあえずのヒロイズムは満たしつつも、ゲームとしては元鞘という按配。
なーんか釈然としないのだよね。
本編の主役が、「悪役は悪役だから悪役」という一方、「ヒーローはヒーローだからヒーロー」を地でいってしまってるんじゃないか。
言い換えるなら、悪役はその役割に拘束されるが、ヒーローなら愛か勝利か自己犠牲のいずれかの条件を満たしたらルール曲げてもハッピーエンドという流れが適用されてしまっているんじゃないかと。
最初に架空の人物にヒューマニズムを与える手腕が際立っただけに、本作の主役たるラルフには、もうちっとヒーローらしいエンディングを提供してやってくれよと思うわけで。
もちろんディズニーのアニメだから、落ち着くところには落ち着いて、一応はおさまりよく愛と自己実現を満たしてくれるのだけど。
何しろ小ネタが微に入り細をうがつが如くなので、観客としても期待ゲージが増してしまう。
たとえばレトロなゲームではキャラクターがカクカクした動きをするし、カートレースのシーンでは日本の配管工カートを連想させる演出がてんこ盛り。
またゲームのメインとなる舞台はお菓子の国なのだけど、コーラ&メントスという危険な組み合わせも設定に盛り込まれていて、分かる人はいちいちニヤリとしてしまうこと請け合い。
そういうあれやこれやが丁寧に作りこんでいるだけに、逆に階層社会的な価値というのも浮いて見えるあたりが少しばかしアレに思えてしまう。
ディズニーはファンタージを提供するが、その根本に強いているのは保守的な価値観なんだと改めて考えさせられた次第。格差が浮き彫りになりつつある日本ないし世界だからこそ、そういうデリケートな部分を見せ付けられると、大人の観客は苦々しい思いになってしまうかもしれない。
むしろ、子どもだから気づかないだろう的なことになっちゃうと、ファミリーで鑑賞した際、どんな感想を持つんだろうと余計な心配までしてしまう。
表面の甘-い部分だけ見ていれば、まったく問題なく幸せな気分になれるだろうが、社会的に高い関心を持った目で観てしまうと、着色料や合成甘味料がドバドバ入った菓子を知らずに食った気分になるかもしれない。
では評価。
キャスティング:5(吹き替え版ラルフの山寺宏一はうまい)
ストーリー:7(まったく違和感なくサクサクと。しかし背後の保守的な価値観は鼻につく)
映像・演出:8(時代背景の違うゲームを一つの映像で表現する技術力)
恋愛:8(子どもらしい純愛とオマケ的に安直なのと二つ楽しめる)
階層社会的な価値観:7(暗喩的に挿入)
というわけで総合評価は50点満点中35点。
裏側に秘められた事情を無視してディズニー満開で楽しめる人にはオススメ。
やっぱりディズニーだからと子どもと鑑賞したい人にはオススメ。