「やはりイーストウッドは天才」J・エドガー DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
やはりイーストウッドは天才
クリント イーストウッドが82歳で完成させた、新作映画「J エドガー」を観た。
48年間 アメリカ連邦捜査局局長を務めたジョン エドガー フーバーのバイオグラフィー。彼は、カルビン クーリッジからリチャード ニクソンまで8代の大統領のもとで、連邦捜査局長を務めたが、77歳で現職で死ぬまで、大統領よりも巨大な権力を維持した。「フーバーファイル」と名付けられた、政治家や実業家の個人秘密情報を持ち、いつ何時大統領の座を揺るがすこともできた。人種差別主義者で共和党最右派の立場から共産主義、社会主義、人種差別撤廃運動家、リベラリストなど、すべての活動家や政治家をアメリカ国家の敵をみなして弾圧した。
ストーリーは
1919年、24歳の若きジョン エドガー フーバーは、自分の上司である最高司法長官の自宅が、共産主義者によって爆破されるのを、目の当たりに目撃する。時に、ソビエト連邦国家建国の影響で、アメリカ社会もアナキスト、共産主義者による暴動が多発し、社会運動が活発化していた。弱体化した警察を横目に、エドガーはアメリカ政府を安全に導く為に 赤狩りを率先して行う。1日に4000人の共産主義者を検挙、活動家達を拘束するためには、非合法も手段も選ばず、殺人も厭わず、また理由をつけては国外追放し、徹底的に弾圧した。
その腕を買われて、彼は司法捜査局の責任者に、のし上がって行く。折りしも1932年に起ったリンドバーグ家の長男誘拐殺人事件がおき、州境を越えて、各州の警察権力を上回るパワーをもった連邦政府捜査局(FBI)の必要性を人々に認識させると 自分が局長の座に収まった。科学捜査の必要性を訴え何百人もの局員を配下に収めて事件解決のために指揮をとった。
1930年代、俳優ジェームス ギャグニーが エドガーをモデルにしたFBIとギャングの抗争を映画でヒットさせると、コミックでも盛んにFBIが登場し活躍するようになった。エドガーは服装にこだわり、部下たちにも上等な服や帽子を被ることを要求し、自分の心酔者だけを部下として大事にした。
私生活ではエドガーは自分のことを溺愛する母親に、頭が上がらない。母は女性に興味を持てないエドガーに、ことあるごとにホモセクシュアルが、いかに世間の物笑いになる滑稽で罪な存在であるかを言い聞かせた。そのため、エドガーは母親の期待に応えることだけが自分の生きがいとなり、自分の個人的な嗜好には目をつぶり 欲望を押しつぶして生きることになる。
出会ったその日に利発で美しいヘレン ガンデイーに心を寄せ、求愛するが その時に結婚よりも仕事を持ちたがった彼女を、生涯の個人秘書に抜擢する。そして、その後2度と彼女と結婚について話題にすることはなかった。
またエドガーは、長身、ハンサムな青年クライド トールソンが学生の頃から注目していて、半ば強引に自分の秘書官にする。やがて、FBI副長官に就任させ彼の右腕として、生涯の伴侶とする。二人は愛し尊敬し合うが、エドガーはクラウドの望みに応えることなく 生涯プラトニックな愛情を貫く。
FBI局長として絶大なパワーを持ち続け、エレノア ルーズベルトのレズビアン関係、ジョン、ロバート ケネデイ兄弟の女癖の悪い醜態やマフィアとの癒着、マーチン ルーサー キングの不倫、リチャード ニクソンの不倫など、スキャンダルな証拠をファイルに持っていて、関係者を震え上がらせていた。自分のバイオグラフイを口述していて、自伝を出版する気でいる。一向に引退する気はない。FBI副局長のクラウドが心臓発作で倒れるが、クラウドとの特別な関係は変わることなく生涯続く。
そんなお話。
印象深いシーンがふたつ。
一つは、初めて出会ったヘレン ガンデイーを夕食に誘い、その場でエドガーが、ひざまずいて求婚する、24歳の若さがはちきれんばかりのレオナルド デ カプリオの好青年ぶり。その場で求婚を断り、仕事をしたいと言ったヘレンが、10年後、20年後に忠実なエドガーの 個人秘書として仕事を一手にまかされてやっているが、ふと年をとっていく自分を省みて 2度と求婚しないエドガーの背に向かって深いため息をつくシーン。エドガーも年をとるが、ヘレンも白髪だ。そんなナオミ ワッツが エドガーの死を知らされるとすぐに、エドガー所有の個人ファイルを次から次へとシュレッダーにかける その背をまっすぐに伸ばした、毅然とした姿に心打たれる。
もう一つの印象深いシーンは、クライド トールソンの求愛のシーン。直裁で真摯な愛の求めに応じることが出来ないエドガー、、、それほどに強い母親によって「教育」され「抑圧」されてきたために、自分の心を解き放つことができないエドガーの痛々しい姿だ。自分の小児病的な「いびつ」さに 自から気が付かずに生きて死んでいく、そんなエドガーを心から慕い、愛してきたクライド ト-ルソンの これまた「いびつ」な愛の形、年をとり、もう働くことができなくなったクライドの額に 万感の思いをこめてエドガーがキスする。このシーンが とても泣ける。
エドガーがクライドに自分の右腕になってくれと頼むと、クライドは目を輝かせ、勿論ですと言い、条件がある、と言う。それは 良い日も悪い日も 二人の考えが合意できる日も出来ない日も、好きなときも好きでないときも、一緒にお昼御飯を食べるということだった。エドガーはこれに同意して、死ぬまでほとんど毎日、律儀にクライドとの約束を守って、クライドが倒れ、仕事ができなくなっても二人は一緒に昼食を取る。二人の関係は死ぬまで変わる事がない。
クライド役を演じたアーミー ハマーはとても良い。「ソーシャルネットワーク フェイスブック」で、ハーバード大学の エリート 双子のウィンクルボス兄弟を演じた役者だ。背が高く、美形。目が澄んでいて希望に燃える青年役にぴったり。彼の老い方も秀逸。足元がおぼつかなくなってエドガーよりも先に年寄りになってしまった姿も哀しくて、素晴らしい。
人間が描かれている。
8人の大統領に恐れられ 48年間休むことなく情報を手に入れアメリカの治安を思い通りに懐柔した怪物が 生身の人間として描かれている。結婚せず家庭を持たず、一生を仕事に捧げ、自分の信念を曲げようとしなかった。強いアメリカの中で、一番強い男エドガー。忠実な秘書と立派な右腕に支えられ生涯信念に生きた。そんな男が何と「もろくて壊れた心」を持っていたことか。 その姿が、ただただ 哀しい。
クリントイーストウッドの映画。タイトルを「フーバー」にせず、エドガーにしたセンスといい、このような怪物を映像化して、みごとに一人の人間を描き出した力量といい、やはり、イーストウッドは天才ではないだろうか。
いつもイーストウッドの映画を観ると、観た後で、ワンシーン ワンシーンが思い出されて、感動が深まっていく。いくつもの美しいシーンがよみ返ってきて、忘れられない。人間の喜怒哀楽をこれほど上手に映像で切り取って見せてくれる人は、他にはいない。
良い映画だ。
観てみる価値はある。