スリ(1960)のレビュー・感想・評価
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誕生から60年経った今なお、微塵も色褪せぬ名作
この伝説的な作品をまだ見ていないのか、と怒られるだろうが、その通りだと告白せざるをえない。一人の男の淡々とした独白と、雑踏の中で目線をゆっくりと動かしながら獲物を狙う表情。そこからの「動線」を周到に追いかけるカメラワーク。緊張感とはまた別次元の、ある意味、静謐さすら漂う映像の連なりがそこに刻印されている。とりわけ犯行の瞬間、手の動きを別アングルからアップで克明に映し出す魔術的なまでの美しさには、それが犯罪だとは理解しつつも、ただただ溜息がこぼれるばかり。おそらくは主人公が徐々に溺れゆくのも、この一連の動きの芸術性の高さゆえなのだろう。ただし、あらゆる魔法には午前0時の鐘が伴う。まっとうな人間の感情や暮らしに背を向けて生きてきた彼にも、その尊さに気づく瞬間がやってくる。この時、長い道のりの果てに見せる表情にも一切の無駄がない。誕生から60年が経った今なお効力を失わず観る者を惹きつける名作だ。
盗むという官能
性器の直接的な交感よりも手先指先のささやかな擦過に目を付けたロベール・ブレッソンの変態的慧眼に恐れ慄く。カメラは人物を映し出したかと思えばいつの間にか手を大写しにしている。手にも表情というものがあるらしい。すらりとした白い手とごつごつした男の手。予想外に表情豊かな手の肌理に驚く。
主人公の青年とその取り巻きが駅で次から次へとスリを繰り返す一連のショットは水面を辷る花のように流々と美しい。胸ポケットから引き抜かれ音もなく落下する財布、新聞紙とすり替えられる手提げバッグ、ふとした拍子に腕からスルリと外される腕時計。そこに女の衣服を脱がしていくような官能性を見出してしまうのは仕方がないことだ。
「スリ」という金品略奪行為と青年の貧しい暮らしぶりの交点についつい貧富や格差といった社会的テーマ性を読み取ってしまいたくもなるが、スリという行為の官能性・耽美性を鑑みれば、本作はむしろ個人の内面に巣食う不貞、性的放埓に関する映画であるといえる。窃盗罪で遂にお縄となった青年が次第に子持ちの女に惹かれていく終盤の展開は不貞から純愛への改心と読み解ける。
いやしかし監獄という不毛さが一時的に彼をそう思わせているだけなのかもしれない。女の美貌と愛情をもってしても、財布や腕時計が音もなくスルスルと持ち主の手を離れていくエロティシズムにかなうことはないのではないだろうか。
人間を凝視するブレッソン、スリを解析する
ネオリアリズモの影響を受けたフランス映画
貧富の差がデフォルト
手フェチ・指フェチ向け?
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