「、『相棒』組を総動員して企画の実現にも奔走した水谷豊のヒューマンな人柄が溢れている作品でした。」HOME 愛しの座敷わらし 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
、『相棒』組を総動員して企画の実現にも奔走した水谷豊のヒューマンな人柄が溢れている作品でした。
座敷わらしが登場するからといっても本作はホラーでなく、心暖まるホームドラマでした。東日本震災が起こり、人々の心の絆が叫ばれているとき、「今だからこそホームド。ラマが必要だ」と本作の脚本を読んで主演を快諾したほか、『相棒』組を総動員して企画の実現にも奔走した水谷豊のヒューマンな人柄が溢れている作品でした。
少々ベタなストーリーに、水谷の大げさな演技で予告編だけ見ると退いてしまうかもしれません。でも本編を見ていくうちに、ほのぼのした本作の展開にはそのくらいの大芝居がマッチしていると感じました。何よりもシリアスな方向に持っていくとどうしても杉下右京のキャラと被ってしまいます。その点で、神経質な右京のキャラとは真逆な楽天家で小心な男を演じきったということは、役者として一つのカラを見事に打ち破ることができたと多いに評価したいと思います。
また和泉聖治監督を始め、『相棒』組のサポートで、テイストは異なるものの、音楽と独自の映像美やカット割りで雰囲気は『相棒』を感じさせてくれました。盛岡のイーハトーブの舞台となってた大変ロマンを感じさせる景色を借景に、都会暮らしの中でバラバラになっていた家族の心が一つに繋がっていく姿が感動的に綴られていったのでした。「遠野ふるさと村」に保存されている築200年の古民家はもとより、撮影場所となった岩手県各地の風景にも見ていて心が洗われるようです。
東京から岩手支社に転勤となった高橋晃一(水谷さん)が妻と中学生の娘と小学生の息子、さらに母親を引き連れて引っ越してきたのは、築200年の古民家。盛り下がり気味の家族の空気を、能天気な晃一はなんとか上向きにしようしらじらとした場面が、滑稽でKYな父親像をよく引き出していました。
突然の田舎暮らしで、家族は戸惑いを隠せません。子供たちは、新しい学校に上手く馴染めず、妻の史子は田舎ならではの濃密なご近所づきあいに面喰らってしまいます。史子が広報の配布で近所の担当集落を自転車で廻るとき、泥沼の田んぼに落ちてしまうのです。演技とはいえ、よくやるものだと感心しました。
また通勤で毎朝毎晩一生懸命自転車を漕いでいる姿も印象的。KYながらも何としても家族を守っていくのだという晃一の決意が滲んでいました。
晃一の独断で決めてしまった田舎暮らしに業を煮やした家族は、別居も辞さない構えで、晃一に詰め寄ります。そんな険悪な空気を変えたのが、“座敷わらし”の存在でした
家の中にただならぬ気配を感じさせる“座敷わらし”の悪戯によって、違和感を感じた家族は話し合う機会が倍増。次第にこころを寄せていくことになります。
どうも小地蔵は“座敷わらし”にとても親近感を感じておりました。そしたら“座敷わらし”は、口減らしのため間引かれた赤ん坊の霊が童子の姿をとったものだというでわありませんか。なんだ毎日相手している水子たちの仲間だったんですね。
“座敷わらし”は岩手には今も"出る"旅館があるそうです。そうした悲しい歴史を知り、自分に命があることの尊さに気づいたら、少々つらいことがあっても生きていく勇気が出てくることでしょう。本編に登場する“座敷わらし”も悲惨な過去を微塵を感じさせず、高橋一家に微笑みかけ、一家に幸運をもたらす働きをします。まるでお地蔵さんのそっくりな性格でした。
この家に引っ越すきっかけは、晃一の左遷によるものでした。家族の中で“座敷わらし”を見ることができないほどの無神論者だった晃一でした。しかも職場では上司に対してイエスマンを通してきたのに、ある製品開発を巡って、効率追求ばかりでなく、ある「見えないもの」の大切さを語るシーンは、胸に込み上げるものを感じました。
そんな一家の大黒柱の左遷、本社の上司とのもめごと、妻の不安や更年期障害、娘はいじめに遭い、息子は病気、そして母の認知症の疑いと、どれも深刻な問題だが、それらを座敷わらしという“妖怪”にからめ、ユーモラスにカラリとした雰囲気で描いていくところがいいんですね。
そんな展開に織り込められたヒューマンな台詞。晃一は妻・史子にときどき「ありがとう」と感謝します。その言葉に妻に対する夫のいたわりが感じられ、見ていて心地よかったです。その史子を演じる安田成美のほんわかとしたコメディエンヌぶりが、本作のシリアスな設定をオブラートに包んでくれました。
さて再度引っ越しになった高橋家。“座敷わらし”ともせっかく親しくなれたのに…。でも、新しい任地に向かう途中で立ち寄ったレストランで、ちょっとしたしたことが起こります。最後のちょっとクスッとなれるオチの仕掛け方にもご注目を。