「泡沫(うたかた)の、夢」アリス・クリードの失踪 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
泡沫(うたかた)の、夢
本作が初監督作品となるジェイ・ブレイクソン監督が、「007」シリーズでボンドガールを務めた経験をもつジェマ・アータートンを主演に迎えて描く、サスペンス映画。
無理やり観客を驚かせるために、切って貼ったような時間軸操作に全力を注いだり、目が疲れるハンディカメラ撮影で画質を落としたりしなくても、切り詰め、磨き上げた台詞と描写さえあれば上質のサスペンスは成立する。本作は、この推論を断定へと導く最たる例として挙げることができるだろう。
冒頭、誘拐犯二人が着用する服。その襟元には、自分で結ぶタイプではなく、フック式のネクタイ・・・そうか、彼等は決してネクタイを結び慣れていないのかも。女性の服・・・富豪の娘にしてはどうも。もしや、何か訳ありかも。
難解な哲学の如き用語を嬉々として並べ立て、観客の思考回路ばかりサスペンスへと陥らせる意地悪な作品とは一線を画す仕掛けが明解に働く。作品世界の想像において、画面に映り込む些細な描写を通して、観客への正確な、それでいて分かり易い認識を促してくれる、繊細な作りが非常に好印象を与えてくれる。
作り手自身こそ、専門用語が乱れ飛ぶいたずらっ子サスペンスに不愉快な思いを抱いていた同士であると私は、感じる。
大金を手にし、人生の成功者を夢見た二人の男。彼等は用意周到に計画を練ったのだろう、こんな失敗があるかも、こんなミスも在り得る云々。犯罪者のレッテルから逃れようとして始まった犯罪の顛末に映り込むのは、高級車をかっ飛ばす一人の富豪の娘。なんと皮肉。
疾走感とむせ返るような緊張の重圧を組み立て、重ね、観客に息つく暇を与えない、泡沫の夢のもろさに胸が震える正統派の犯罪劇。
何やら、古き良き古典犯罪映画のような、甘く切なく薫り立つ色気に心躍る作品である。