「【87.9】フェア・ゲーム 映画レビュー」フェア・ゲーム honeyさんの映画レビュー(感想・評価)
【87.9】フェア・ゲーム 映画レビュー
フェア・ゲーム(2010)総合批評
映画『フェア・ゲーム』は、単なる政治スリラーの枠を超え、国家権力の不条理と個人の尊厳を鋭く対比させた、21世紀のアメリカ映画における重要なドキュメント・ドラマ
ブッシュ政権下のイラク戦争開戦という歴史的背景を舞台に、CIAの秘密工作員ヴァレリー・プレイムの情報が、政府への批判に対する報復としてリークされるという、実話を基にした重厚なテーマを扱っている
ダグ・リーマン監督は、その手腕をもって、国際諜報活動の緊張感と、情報漏洩後の家庭内での心理的葛藤という二つの異なる世界観を、見事に一つの物語として統合
編集のリズムはタイトで、物語の進行に途切れることのないサスペンスを持続させている
主演のナオミ・ワッツとショーン・ペンのキャスティングは完璧で、特にワッツは、プロの工作員としての冷静沈着さと、一人の妻としての脆さが崩れゆく過程を繊細かつ力強く演じきり、この映画に魂を吹き込んだ
脚本は、事実の複雑な経緯を損なうことなく、ドラマとしての高揚感と悲劇性を両立
しかし、そのリアリティの追求ゆえ、特定の政治的背景に詳しくない観客には、情報がやや過多となり得る側面も持つ
映像は、ドキュメンタリータッチと洗練された劇映画のバランスが良く、ジョン・パウエルによるスコアは物語の緊迫感を増幅させる
総体として、本作は、「真実を語ることの代償」という普遍的な問いを投げかける、極めて完成度の高いポリティカル・スリラーの傑作であり、報道の自由と国家の倫理を考える上で、時代を超えて価値を持つ作品である
作品の完成度
映画『フェア・ゲーム』は、イラク戦争開戦の根拠となった「大量破壊兵器」疑惑をめぐるプレイム事件という実話を題材としたポリティカル・スリラーの傑作と言える完成度
CIAの秘密工作員ヴァレリー・プレイムの情報が、夫である元大使ジョゼフ・ウィルソンがブッシュ政権のイラク政策を批判したことへの報復として、政府関係者によって意図的にメディアにリークされたという前代未聞の国家スキャンダルの真相を、極めてリアルかつスリリングに描き出す
情報戦の緊迫感、個人と国家権力の対立、そして家庭が崩壊していくさまという多層的なテーマを見事に融合
ブッシュ政権下での情報操作の実態や、それに抗う個人の勇気と苦悩を深く掘り下げ、単なるスキャンダル追及に留まらない普遍的なテーマ性を持つ
特に、ヴァレリーがCIA工作員としてのプロフェッショナルな顔と、夫と子供を持つ一人の女性としての顔との間で引き裂かれていく過程の描写が秀逸
ドラマとサスペンスのバランスが良く、実話に基づきながらもエンターテイメントとして高い水準を保っている
政治的メッセージ性と人間ドラマの両面で観客に強い印象を残す、力強い作品
監督・演出・編集
監督は『ボーン・アイデンティティー』のダグ・リーマン
彼の持ち味である緊迫感あふれるリアリティと、素早いカット割りによるスリリングな演出が本作でも存分に発揮されている
CIAの秘密工作パートでは、手持ちカメラを多用したドキュメンタリータッチの映像と、素早く場面を切り替える編集が、ヴァレリーの任務の危険性と機密性を際立たせ、観客を物語に深く引き込む
一方で、ヴァレリーとジョーの夫婦関係の危機を描く場面では、会話の間の取り方や表情のクローズアップを通じて、心理的な葛藤と緊張感を丁寧に表現
編集は、国際的なスパイ活動の場面と、ワシントンD.C.での政治的な駆け引き、そして夫婦の私的なドラマという異なる要素を、流れるように、かつ効果的に結びつけ、作品全体に一貫したスピード感と重厚感をもたらしている
情報漏洩後の混乱と、それに対する夫婦の反応の描き方は、リーマン監督の演出手腕の高さを示すもの
キャスティング・役者の演技
ナオミ・ワッツ(ヴァレリー・プレイム:CIA秘密工作員)
ヴァレリー・プレイムという複雑なキャラクターを見事に体現し、作品に深みを与えた。秘密工作員としての冷静沈着さとプロ意識、夫と子供を持つ女性としての愛情と脆さ、そして自らのキャリアとプライバシーを国家に裏切られた際の絶望と怒りという、多面的な感情の機微を極めて繊細に演じ分けた。特に、情報漏洩によってそれまでの人生の基盤が崩壊していく過程での、内面の葛藤と外界への抗いの演技は圧巻。表情や眼差し一つで、言葉にならない苦悩を観客に伝える力があり、この映画の成功の核と言える。彼女の演技は、一人の女性が直面する政治的な暴力と、それに屈しない強靭な精神を象徴している。キャリアの中でも特に印象的な、魂を揺さぶる名演である。
ショーン・ペン(ジョゼフ・ウィルソン:元駐ニジェール大使、ヴァレリーの夫)
政府批判から一転して妻の情報をリークされるという、怒りと困惑、そして妻を守ろうとする強い意志を持つジョー・ウィルソンを熱演。権力に立ち向かうジャーナリストとしての信念と、家庭を失いかける夫としての苦悩を、その重厚な存在感と巧みな演技力で表現し、ナオミ・ワッツ演じるヴァレリーとの緊張感のある夫婦像を確立した。
サム・シェパード(サム・プレイム:ヴァレリーの父)
ヴァレリーの父サム・プレイムとして出演。出番は少ないものの、寡黙ながらも娘を深く信頼し支える父親の役どころを、その渋みのある演技で静かに表現。ヴァレリーの危機に際して、彼女の精神的な支柱となる存在感をしっかりと示し、家族の絆というテーマに重みを加えた。
ブルース・マッギル(ジム・パビット:CIA作戦担当副長官)
ヴァレリーの上司であるCIAのジム・パビット役。組織の論理と、ヴァレリーという有能な部下を守ろうとする個人的な葛藤の間で揺れ動く官僚の姿を、リアリティをもって体現。複雑な立場にある人物の微妙な心理を、抑えた演技で巧みに表現した。
マイケル・ケリー(ジャック:CIAエージェント)
ヴァレリーの同僚であるCIAエージェント、ジャック役。ヴァレリーと共に任務を遂行するプロフェッショナルとしての顔と、情報漏洩後の彼女を心配する人間的な感情をバランス良く表現。物語の緊迫した空気を支える助演陣の一人として重要な役割を果たした。
脚本・ストーリー
脚本はジェズ・バターワースとジョン=ヘンリー・バターワース
ジョゼフ・ウィルソンの回顧録『The Politics of Truth』と、ヴァレリー・プレイムの回顧録『Fair Game』の二つの視点を効果的に取り入れ、情報漏洩事件の全貌とその個人的な影響の両方を深く描き出すことに成功
ストーリーテリングは、CIAの秘密工作というスリラー要素と、政権との対立によるポリティカル・ドラマ要素、そして夫婦間の人間ドラマ要素が三位一体となり展開
序盤はヴァレリーの危険なCIAの仕事をスピーディに見せ、中盤でジョーの政府批判とそれに続く情報リークという核心の事件が発生
後半は、ヴァレリーのキャリアと人生の崩壊、そして夫婦が国家権力に抗う闘いへと焦点を移す
実話に基づいた重厚さと、サスペンスとしての高い求心力を兼ね備えた、構成の巧みさが光る脚本
映像・美術衣装
映像は、ダグ・リーマン監督作らしいリアリティを追求したトーン
特に中東やアジアでのCIAの工作シーンでは、ドキュメンタリー的な手ブレや粗い質感を用いることで、緊張感と臨場感を強調
ワシントンD.C.の政治的な場面では、クールで落ち着いた色調が用いられ、権力の中枢の無機質さと冷たさを表現
美術は、ヴァレリーのCIA工作時の異国情緒あふれるロケ地の選択と、彼女の家族の生活空間のコントラストが見事
衣装は、ヴァレリーが仕事で着用する目立たない、機能的な服装と、社交の場での洗練された装い、そして家庭での自然な姿が、彼女の多重的な生活を視覚的に表現
音楽
音楽は『ボーン・アイデンティティー』や『Mr.&Mrs.スミス』でもダグ・リーマン監督と組んだジョン・パウエルが担当
彼のスコアは、ミニマルながらも緊迫感のあるリズムと、不安を煽るようなストリングスが特徴
特に、不穏な電子音とパーカッションを多用することで、スリラーとしてのサスペンスと、権力に追われるヴァレリーの精神状態を表現
静かなシーンでは内省的なメロディが、夫婦の心理的な距離や葛藤を際立たせる役割を果たしている
主題歌は特になく、エンドクレジットではジョン・パウエル作曲のスコア**「Testify」**が流れる
受賞・ノミネート
本作は、第63回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品
また、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で**「表現の自由賞」を受賞**した
作品 Fair Game
監督 ダグ・リーマン 123×0.715 87.9
編集 退屈-1 非常に退屈-2
主演 ナオミ・ワッツA9×3
助演 ショーン・ペン A9
脚本・ストーリー 原作
ジョセフ・ウィルソン
脚本
ジェズ・バターワース
ジョン=ヘンリー・バターワース A9×7
撮影・映像 ダグ・リーマン B8
美術・衣装 B8
音楽
ジョン・パウエル B8