軽蔑 : インタビュー
芥川賞作家・中上健次が最後に残した純愛小説「軽蔑」を、「ヴァイブレータ」の廣木隆一監督が映画化。それだけでも話題性十分なのだが、そこに若手の注目株、高良健吾と鈴木杏の2人がタッグを組み、体当たり演技を披露する。行き場を失った2人の愛には、一体どんな結末が待ち受けているのか? 純粋で破滅的な逃避行を追った、廣木監督に話を聞いた。(取材・文:村上ひさし)
廣木隆一監督インタビュー
「煩悩だらけの僕にとって“理屈じゃない愛”を貫く真知子とカズは憧れ」
そもそもアメリカ映画「地獄の逃避行」のようなロードムービーが好きだという廣木監督。この「軽蔑」に関しても、映画化できないものかと以前から気になっていたそうだ。
「中上作品の中で、僕にとって一番映画にしやすいのではないかと思ったんですよ。主人公の2人を中心にして話が動いていくところとか、ロードムービー的じゃないですか。助監督を務めていた時代にも中上さんの作品を見ていたのですがやはり憧れがありますね。この『軽蔑』も、何度か映画化の話が聞こえてきたものの実現していなくて、“どうして?”と思っていました」
新宿歌舞伎町のトップレスバーで踊る真知子(鈴木)と、賭博による借金で首の回らなくなった遊び人のカズ(高良)。2人の逃避行は、カズが真知子をさらうかのように連れ出してスタートする。「リターナー」「花とアリス」「椿三十郎(2007)」などで認められた実力派、鈴木杏がポールダンスや大胆なセックスシーンに挑戦する。
「杏ちゃんはホン(脚本)を読んでくれて、もう次の日には“やります”と返事をくれていましたね。ポールダンスは、身体を柔らかくするジャズダンスから始めて、2カ月くらい掛かっていましたから、(出演者の中では)一番大変だったんじゃないかな(笑)。“いまどきポールダンス?”っていうのもあったけど、今また流行っているみたいだし、何軒か見に行って“これはアリだな”というのもあって(笑)。2人の出会いのシーンなので、なにか分かりやすくて、描きやすいものが欲しかったんです。それに独りで生きている感じ。“私はこれで食ってる”みたいな感じが出るんじゃないかと」
自立している真知子に対して、方やカズは究極のチャラ男。「ノルウェイの森」「白夜行」や、舞台「時計じかけのオレンジ」、連続テレビ小説「おひさま」まで、いまや引っぱりだこの高良健吾が、こちらも破天荒な演技で応戦する。監督とは、5年前に「M」で一緒に仕事をして以来、ごはんをよく食べる間柄だとか。
「最近の彼を見ていて、この役柄はアリじゃないのかな、と思ったんですよ。少年である感じと、大人になっていく雰囲気の両方を彼は持っていて。田舎に帰ってはじめて、カズという人物のバックグラウンドが見えてくる。東京では、そういうのは見えにくいじゃないですか。実際ああいう男が周りにいたら迷惑だし“ふざけんなよ!”というのはありますけどね(笑)。でも、そういうダメ男の気持ちというのは僕にも普通に分かります。自分もダメダメですから(笑)」
2人が逃避行する目的地には、中上文学の拠点でもある和歌山県新宮市が選ばれた。ロケの大半は、この新宮で行なわれた。
「中上作品を撮るにあたっては、やはり新宮にしたかった。あと距離感ですね。東京から逃げたとしても千葉じゃないだろうし。新宮だったら実際に車で東京から8時間くらい掛かるし、この距離感なら何だか逃げてる感じがする。東京に戻って来ようとしても往復16時間……ヨーロッパに行ける時間ですから(笑)」
やがて行き場を失った2人は、破滅へと突き進んでゆく。だが映画は、なぜこの2人がこんなに愛し合っているのか、繋がっているのかを説き明かそうとはしない。
「どこに惚れてたとか、映画の台詞ってよく言いますよね。でも“惚れるってそういうことなの?”というのが僕はありますね。誰かが部屋に入ってきて“あ、アイツいいな”と思って声掛けて、あっちも気に入ってくれれば、それでもう惚れているわけで、どこどこが好みだからとか(言葉にできるもの)じゃないと思うんです。そのほうが僕は信用できる。一緒にいたいっていうだけ、理由は要らないと思うんです」
“理屈じゃない愛”を貫く2人。これこそ監督は描きたかったのだという。
「煩悩だらけの僕にとって、2人の関係は憧れです。だから中上作品は神話になるのだと思います。あと、人と人が向き合って本気で好きになること、気迫みたいなものを持って恋愛をすること。“それって、いいでしょ?”というのを伝えたいですね」