「暗部に、潜れ」イヴ・サンローラン(2010) ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
暗部に、潜れ
本作が劇場映画デビュー作となるピエール・トレノン監督が、フランスの国民的デザイナー、イヴ・サンローランの苦悩と葛藤の生涯を描くドキュメンタリー作品。
「女性に、勇気と自由を与えてくれるものがファッションだと思う」。この確固たる信念の元に、革新的なデザインと気品あふれるエレガンスを打ち出したファッションを提示してみせた一人の天才、イヴ・サンローラン。本作は、その男が辿った茨の道と、男を支えた愛と友情の在り処を描き出す。
「イヴ」という、憎悪と策略、嫉妬が渦巻くショービズ界で戦うにはあまりに繊細な精神が直面する苦しさと、彼の中に満ちていた情熱と才気の賞賛に焦点が当たっている本作。
そのため、フランスが誇る「イヴ・サンローラン」というブランドの持つ個性、簡単な背景を理解してから観賞しないと、そのデザイナーが築いてきた奇抜さと魅力の特異さを本作から感じ取るのは若干、難しいかもしれない。
それでも、ファッションという不明瞭な軸を通して一つの時代を疾走した一人の男、二人の女が雄弁に語り尽くす孤高の天才の一部分。ここにはドキュメンタリーの枠を超えて、限りある人生の輝き、偶然の名の下に繋がっていく人間の絆の面白さを軽快に語る上品な味わいがある。
ファッションが芸術として存在を主張できた時代から、商売人が仕掛けるゲームの一部として機能していく時代へと変化していく悲しさと空しさ。遺品が高額で競りに落とされていく描写から滲み出す、「イヴ」という輝きが少し、また少し薄れていく諦めに胸が詰まる。
人の心の暗部に、深く、深く潜っていく印象が強い作品だ。
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