手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しくのレビュー・感想・評価
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娯楽性と教養を両立させた秀作
説教くさくなくでも低俗すぎず、娯楽性と教養を両立させた秀作だと感じました。手塚治虫の原作がとても良かったのだと思います。
やはり、素晴らしい漫画を読む手間なく、アニメにして観られるのはうれしかったです。アニメーションも丁寧に作られておりました。
原作を読んでない方は、一見の価値ありです。
ブッダの青年期。
原作既読ですが、改めて感じたこと。
彼も1人の人間だったんだなぁ…。
貴族の身分で、何不自由なく生活できる王子様だったブッダ。
幼い頃から英才教育を受けつつも、奴隷や貴族の身分制度に疑問を感じていました。
親が選んだ女性と結婚し、妻との間に子供まで生まれていたなんて…。
戦争で多くの人が死んでいく姿に耐えられなくなった彼は、王として生きるのではなく、釈迦として流浪の旅に出ることを決意します。
これから先彼はどんな試練を受けるのでしょうか?
映画の声優陣の豪華なこと!
堺雅人さん、
吉永小百合さん
西岡秀隆さんなどなどに加え、
有名な声優陣の数々!
素晴らしい美声に聴き惚れました(o^^o)
それにしても、まさか、前編だったとは。
これから後編も観ようと思います!
これはお釈迦様が、誕生(その前も含む)から国の皇太子の座を捨てて出...
これはお釈迦様が、誕生(その前も含む)から国の皇太子の座を捨てて出家するまでの話。どうやら3部作になるとか。
四門出遊の話は象徴的なものとなって伝わってきているが、実際のところはいろいろな光景を小さい頃から見ていて、募り募った結果なのだろうな、と思った。
これは、当時の社会での4つに分かれていた身分制度を確認し、そこから生じる軋轢に対して、疑問を持ち出家に至ったということの布石である。
ある友人は妻子を捨てて出家した、と言ったら「まぁ何とも無責任な!」と言っていた。確かにそうである。でも捨てなければならないほどの思いや、現実を見つめ、その身分制度や死生観を打ち破りたくて出家したのだと考えると、モチベーションは並みならぬほどだったのでは、と考えられる
観ていて、楽しくない。。。 それはつまらないということではなく、生...
観ていて、楽しくない。。。
それはつまらないということではなく、生きるということへの辛さがアニメーションを通して伝わってきての辛さ。
短い残酷な結末がいくつかあり、1つ1つが目を背きたくなるが、きちんと向き合わねばならないもの。
2作目以降に期待できない
手塚治虫の『ブッダ』を3部作として作る第1作目。
後に仏教の始祖ブッダとなるシッダールタが、シャカ国で生まれてから、出家するためにシャカ国を捨てるまで。
3部作とはいえ、そもそも原作は、シッダールタが出家するまでという本作のパートは、長いプロローグとして位置づけられる。本作の後に描かれるであろう中盤から終盤への伏線ばかりで構成されている。
それを、そのまま映画にしても作品として面白くなるはずがない。
原作では、そんな伏線ばかりで構成されている物語を、手塚治虫の緩急付けたマンガとしての構成力で何とか面白く読めるのだが、このアニメでは、そうした手塚らしさは排除しながら、単に原作のストーリーを追うだけでなっているために、はっきり言って1本の映画としては、あまりにも中途半端である。
その上、何よりも増して酷かったのは、エンドロールに掛かるテーマソングだ。いきなりX JAPANの甲高い声で違和感ありまくりなのだが、肝心のサビなどでちょくちょく英語が混じる。しかも最後の言葉が「Scarlet Love Song」という歌詞で映画が終わる。全くもってミスマッチ。稀に見る酷さだ。
第2作、第3作を見てみないと何とも言えないが、この1作だけを見たら駄作と言わざるを得ない。
3部作ならば、せめて次作に期待させる盛り上げも必要なはずだが、それすらもない。複数の仏教団体が製作後援に携わっているようなので、仏教の教典映画という位置づけなのかもしれないが、手塚治虫の名前を借りているだけの残念さである。
流石の治虫クオリティー
映画評価:50点
これが3部作の初めの作品ですか。
ブッタ~ビギンズ~って感じですかね。
同時、映画館で観られた方は悶絶したでしょうね
いよいよシッダールタが出家した所で終了。
ただ、ビギンズと考えてみると悪くない
むしろ本来1本でやる作品を3つに分けただけあって解りやすかった。
ブッタの話しをする事になって、まだブッタにすらなってない生い立ちを、こんなに解りやすく飽きずに魅せるのは素晴らしい技術ですよ。
さすが手塚治虫。
まだ3つ全て観た上で感想を書いていないので、なんとも言えませんが。チャプラの話しって必要だったのかな?
今作だけみたらチャプラの方が主人公。
だが彼のストーリーは今作で終了した様に見える
次回作以降で役に立たないキャラクターを、こんだけ主軸に置いていたなら相当イラつく気がする
それともチャプラの話しではなく、タッタの性格をみせる為の伏線なのか?
ここの評価は最後まで見たら、また書いていきます。
【2014.4.24】
人の心よ!美しく、映画よ!美しく 栄華は永遠ならざらん!
手塚治と言えば我が国、日本を代表する漫画家。その彼が亡くなって22年が過ぎた。
現在、日本で活躍している多数のアニメ作家も彼の多大な影響を受けている。その彼の作品が、この平成の今に蘇ると言うのだから、私の様なオールドファンはそれだけで嬉しいのだ。
世界三大宗教の一つである仏教の開祖、お釈迦様の一生を、子供から大人まで誰にでも分かり易い様に、漫画で伝記を描いたと言う事で、当時はこの漫画は大変話題を呼んでいたのでありました。
今の映画はCG合成が進み、アニメと言ってもその映像は実写映像の様に精密で、リアルなものもある。この作品は昔らしさを残すと言う点からか、絵作りは意識的に、手塚氏が、描いた当時の漫画の雰囲気を残したものだ。
知らず知らずに今の映像技術に慣れ親しんでしまっている為か、リアルさに於いても欠けて、古臭い、そんな気がした。お話は3部作構成なので、さあこれからと言う、話が盛り上がりを見せ始めたところで、一気にお客さんの期待をよそに、呆気なく1部終了となった。
やはりこの世の中は、諸行無常だと言うブッダの教訓がここに生かされていたのだ。
いよいよブッダが出家する良いところで、つづく・・・となるのは、正直がっかりした。映画なので、TV放送とは違い、また来週まで待てば、直ぐに続きが見られると、言うもので無いので、お楽しみの部分は、少―しばかり見せて欲しいとおねだりするのは、人の常だと思う。
大方の凡人である庶民は、さほど悪人でもなく、さりとて善人でもないままに、その生涯を終えるのが普通だ。そんな現生での自分の生活を顧みずに、それでも、極楽浄土に暮す来世を夢みるのだ。同じく、お楽しみは次回作でと言わずに、少しで良いから、この映画も、2部へ続くさわりを見せて欲しかった。
何とあさましいのだろうか?努力もしていないのに来世に期待するなんてと声が返って来そうであるけれど、『ブッダ』の2部を期待するのは、<虫>の良い事ではないか!!
しかし虫が良すぎても、それが人間と言うサガなのだ。
<虫>プロの作品は他には決してない心を育む良さがあったのだ。他の漫画が、戦いの戦士ばかりを描き続けている中で、手塚氏のアニメには、人の生きる価値を高める精神が、その作品の根底には常にあった様な気がする。
手塚氏没後23年が経過している現在、彼の漫画の持つ意味が、広く今日の日本でこの作品を通して再評価される事を願って止まない。彼の精神を継げるよう、森下孝三監督、そして脚本家、吉田玲子氏に大いに期待している。
がっかりしました
「手塚」のブランドと豪華キャスト陣の名前だけに頼ったような出来で、がっかりしたおおよその理由は、他の方々が詳細に書いておられるのと大差ありません。
よくこんなひどい出来にしたものだな、と。「悲しい」のは映画のストーリーではなく、仕上がりの方です。第二部がキャンセルになりはしないかと心配です。
シッタールダ王子の苦悩を大きく取り違えている作品。←分かっちゃいないのよね!
手塚治虫の魂の本質はお坊さんであり、それもかなりの高僧であったと思います。だから、本作や『火の鳥』で、独自の宗教観を披露し、読者を惹き付けるポテンシャル持っていたのは当然と言えるでしょう。
加えて希代のエンターティナーでもあった手塚治虫としては、仏陀伝を描くのにあたり宗教と漫画の高いレベルでの融合を目指したのが本作であるといえます。
、抹香臭いお経の世界から、人間そのものを掘り下げたヒューマンドラマとして、漫画化しようとしたアプローチは、いろいろな人間の生きざまを並行して描くことで、その時代になぜ仏教がひろまったか、という必然性を探ろうとしたのでした。
けれども、本作では奴隷からコーサラ国の勇者にのし上がった、チャプラという架空の青年に寄りすぎてしまい、釈迦となるシッダールタ王子の心象が殆ど描けていません。
原作自体が、手塚本人も語っているように、決して仏典の正確な引き写しではないのです。きっと手塚本人でも、畏れ多くてお釈迦さまご自身の心境には迫れなかったのではないかと思います。だから、出家までのストーリーをチャプラを中心とした物語を中心にしてしまったのではないでしょうか。見ていてまるでチャプラが主役のようであり、シッダールタ王子はついでに出ている枠役のような印象です。
手塚治虫本人が生きていたらまだしも、原作者も既に他界した段階で作られたことが、本作の間違いを大きくしてしまったと思います。それはブッダの物語が、こころの内面の苦からの解放を描くことよりも、奴隷制度という社会的な苦しみからの解放という唯物論寄りの解釈が軸になってしまったという点です。
仏教の説く四苦八苦の苦しみとは、苦痛でなく、主に快楽のことなのです。この世で生きる心地よさのなかに、実は苦しみの本質が宿っているのだということを、お釈迦さまは悟られました。
シッダールタ王子が出家したのも、本作で説かれているような身分制度への疑問ではなく、何不自由なく暮らす王家の生活自体に苦しみを感じたからなのです。そして魂の求める自由を得るべく城を抜け出したのでした。その辺のことが、全然描かれていなく、ナレーションでさらりとしか解説されないことが不満です。もっと夫婦生活のこととか、シッダールタ王子の日常に立ち入って、どんな過程でなに不自由のない生活に対して、疑問を募られていったのかを描くべきだったと思います。
映画は出家常道の手前で終わってしまいます。しかし本作では、ブッダの生涯のほんの序盤を描いているに過ぎない、いわばプロローグとも言える作品です。だから、悟り、説法といったブッダの教えの本質を描くまでは、到底至っていません。残りは、全3部作が構想されているので、後の2作にゆだねたのだと考えられます。
本作では、ブッダ(目覚めた人)になる前のシッダールタ王子の成長にとどめ、思想の背景にある階級社会の描写に比重をおいています。奴隷からコーサラ国の勇者にのし上がった、チャプラの数奇な運命にたっぷり時間を割いているのも、そのためのもの。身分制度の理不尽を浮き彫りすることがメインテーマになっています。
遠大なブッダの思想そのものに触れるのを期待すると肩すかしを食うかもしれません。しかし、強引に一作にまとめ込み余り、駆け足にブッダの生涯をたどり、消化不良で終わるのを避けたのは賢明だったのではないかとは思えます。
本作に無宗教性よりも手塚作品というエンターテインメント性を求めているムキには、いいかもしれません。
作品自体の描き方は、ダイナミックで他の手塚漫画に通じるものを感じさせてくれます。冒頭の寓話的なエピソードの映像は美しいし、戦闘場面も見所の一つでしょう。CGアニメと比べ、古めかしさを感じるものの、オーソドックスな映像のタッチは、長い伝統を誇る東映アニメーションならではといえるでしょう。
吉永小百合、堺雅人、吉岡秀隆ら、声優の仕事も手堅いところ。但し父王役の観世清和がやや台詞が棒読みになっているのが気になりました。
アニメになっても、汚れはしないわ!
森下孝三監督が、堺雅人、吉永小百合といった豪華俳優陣を迎えて描く、人間ドラマ。
好奇心には、勝てなかった。日本が誇る漫画界の天才、手塚治虫の名作が原作、現代日本映画界を代表する俳優をこれでもかと贅沢に配した声優陣、外資系の配給会社の力まで借りてこぎ尽きた全国公開作品。様々に観客を呼び込む要素を盛り込んだ物語に、つい身銭を切って観賞してしまった。
その結果、言葉にできない切なさと、空しさに襲われている訳である。
小学生の頃に読まされた、よい子の伝記「お釈迦さま」をそのまま映像化してしまったような、一部の方々が満足すればそれで良いと言わんばかりの展開の悪さが全編を貫いている。
ブッダことシッダールタ王子が起こした奇跡、逸話の数々をとにかく数多く詰め込むことに全力が注がれたオムニバス映画のような違和感。そこに、いやに世渡り上手な奴隷階級の少年が辿る成り上がり物語が適当に差し込まれたようなお手盛り感覚。
丁寧な人間描写と、深い洞察が物語を豊かに耕していく手塚治虫の作品世界から、どうしてこのような乱暴かつ無作法な創造が生まれるのか。手塚の名前は、単に名前貸しの客寄せパンダの如き。本当に、作り手は原作への愛着を持って本作を作ったのか疑問視せざるを得ない。
恐らくは画力の弱さからくる、紙切れのようなぺらぺら人間の不自然な動きと疾走に呆れていると、唐突に現れる不思議に劇画の如く、丁寧に、愛情を込めて描きこまれた場面が戦闘場面の凄惨な死体だったり、神々しく輝くシッダールタ王子の奇跡だったりするんだから、もう笑うしかない。作り手の目的と高い意欲が、何処に向かっているのかが一目瞭然のトンデモアニメがここにある。
アニメになっても、血一滴流させず、汚れることを許さない天下の清純派を貫く吉永氏の見事なまでの女優魂。主役なのに、威厳も存在感もイマイチの吉岡シッダールタ。他の声優陣は、吉岡シッダールタの引き立てに全力投球で、味わい出せず。折角の豪華キャストも、これでは評価も批判もできない。
これほどまでに観客を楽しませる娯楽色を無視した超絶教育映画が、全三部作。果たして、完結まで描くのを観客が許してくれるのか、不安と不穏が既に色濃く作品を覆っている。
まだ、軌道修正はできるはずだが・・・大丈夫だろうか、この映画は。
原作が読みたい!
手塚治虫の大長編作をアニメ映画化。
物語は、後にブッダとなるシッダルタと、奴隷から勇者になったチャプラの2人のドラマを並行し、格差社会、人間同士の醜い争い、成すべき事…等を描いていく。
壮大なドラマに魅入られた事は確かだが、それはやはり、手塚治虫の原作あってこそ。
原作未読なので、映画を観た後、映画の事を忘れ、とにかく原作を読みたい!と本屋を探し回った。
映画も悪くはなかったのだが、手塚治虫の原作の力というか、痛感してしまった。
(「アドルフに告ぐ」も素晴らしい作品だった)
声優に豪華な俳優陣が揃ったのだが…
チャプラ=堺雅人は悪くなかった。
吉永小百合もまあまあ。
シッダルタ=吉岡秀隆と国王は酷い。
脇役ながら永井一郎、玄田哲章、水樹奈々、藤原啓治らプロの声優はさすが。
(アニメ映画制作関係者の皆さん、話題作りの為だけに俳優を声優に起用するのは、もうやめようよ)
至る所(大島ミチルの雄大な音楽)も至らぬ所(飛び飛びの脚本)もあるが、まずは原作をしっかり読んでから、映画の続きに期待しよう。
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