「熱の無い、世界」ガールフレンド・エクスペリエンス ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
熱の無い、世界
「オーシャンズ」シリーズを手掛けているスティーブン・ソダーバーグ監督が、アメリカの人気女優サーシャ・グレイを主演に迎えて描く人間ドラマ。
暖房の設定温度を、1度から2度上げたくなる作品である。ばらばらに散りばめられた会話と情事の場面を、複雑に繋ぎ合わせて作られた本作。そこには温度が無い。人が人に認めてもらうために振るう力も、衝動も、情熱も無い。ただ、やり過ごす毎日があるだけだ。
お金、男女の関係、そして少しずつ衰えていく身体。全編に貫かれるのは永久不変とは無縁の、常に変化し続ける淡白な感覚。硬質な色で描かれていく世界で、主人公は静かに、それでも粘着に「変わらないもの」を追い求めていく。
観客は、この作品に入り込んでいくうちに自らの身体が冷えていくのを感じるはずだ。登場人物には憧れる要素が徹底的に排除されており、私達が毎日に感じている違和感、退屈を身にまとっている。だから、嫌になる、苦しくなる。全ての要素が、私達が目を背けている現実だから。
ラスト、主人公のコールガール「チェルシー」は、自らを指名してくれた一人のアラブ人らしい男性を、下着姿で優しく抱き締める。男は、息を荒げて彼女を抱き締め返す。とても、気持ちが良い場面である。冷淡な世界に、初めて熱が生まれている心地がするからだ。熱は、ときに面倒くさい。でも、愛しい、欲しい。観客は、その自らの心の声に気付かされる。
気分の良い映画ではない。安心して観賞できる親切な設計でもない。それでも、毎日に疲れた方には、ささやかな清涼剤になってくれるはずだ。やっぱり、熱のこもった世界が良いと、思わせてくれる一本である。