ブライト・スター いちばん美しい恋の詩(うた)のレビュー・感想・評価
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言葉を紡ぐキーツと、愛を刺すファニー。
イギリス人俳優による源語でのシェイクスピア劇を観ると、セリフの一つ一つがいかに韻を踏んでいるかがよく判る。このことからもイギリス人が「言葉の韻」をとても大切にしていることが解る。シェイクスピアと同じようにイギリス人が日常、慣れ親しんでいるのが「詩」だ。いくつかの詩をそらんじており、会話にのぼることも多いらしい。日本とはずいぶんの差を感じる。日本における散文詩の歴史は浅いが、例えば短歌や俳句に置き換えてみればどうだろう?授業でいくらか習ったことがあるので、有名な歌の一句二句は覚えていることもあるが、日常の会話でこれらが口の端にのぼることはまず無い。タイトルの『ブライト・スター』とは、イギリスで最も愛されているロマン派の詩人の一人、ジョン・キーツが愛する人に捧げた詩だ。この美しい詩は、日本語訳で読んでもやはりピンとこない。日本人である我々が、イギリスの詩の心を理解するのは無理としても、詩人の人生を垣間見ることは許されるだろう。
死後に作品が評価された不遇の若き詩人の恋。こう聞いただけで何だがロマンティックだ。キーツが唯一愛した女性ファニー。物語は彼女の視点から描かれる。彼女は『ピアノ・レッスン』のエイダのような情熱的な女性とは少し違う。針仕事が好きな大人しい少女だ。そんな少女が恋をして変わっていく過程が、美しいイギリスの自然の移り変わりと共に描かれていく。手製のドレスは、華美な装飾を付けた浮ついたものから、落ち着いたものへと変わっていき、それと同時に彼女は大人になっていく。しかし彼女の本当の「強さ」が現れるのは愛する人を失った時。そして彼女は喪服を縫う。かつて、弟の死を悼むキーツに贈った枕カバーのように一針一針に想いを込めて。言葉を紡ぐキーツと、愛を刺すファニー。カンピオン作品にしては激しさが少なく、物足りなさは否めないが、これは静謐な愛の物語だ。
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