劇場公開日 2010年12月4日

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「メインとなるテーマが絞り切れていないところがちょっと惜しいところです。借金のある方には参考になる家庭ドラマでした。」武士の家計簿 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0メインとなるテーマが絞り切れていないところがちょっと惜しいところです。借金のある方には参考になる家庭ドラマでした。

2010年11月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 下級武士の古文書から、このような人情味のあるドラマを紡いでいったことは特筆に値します。家族の群像劇を描かせたら、やはり森田芳光監督は上手いと思います。ただ昨年の『わたし出すわ』がかなり酷い駄作だったので、あまり期待はしていませんでした。
 本作は、猪山家三代にわたる家族に起こった出来事を、ユーモラスに描き、当時の下級武士の生活事情を再現していく点で、好感が持てました。
 但し息子の成之が明治になってから懐古する視点で綴られる本作は、エピソードの羅列が目立ち、メインとなるテーマが絞り切れていないところがちょっと惜しいところです。 たぶん言いたかったことは、蛙の子は蛙なんだということだったのでしょう。父直之の算盤バカによって、スパルタ教育で算盤を叩き込まれた成之は、父親のバカぶりに反発します。しかし気がつけば、自分も新政府軍で会計担当となり、父がやっていた仕事と同じ仕事をしていたのです。そればかりか、父の葬儀の時も、祖父の葬儀に父親がしていたように、葬儀の帳簿付けに勤しんでいたのです。
 前半の殆どが、父直之の出世物語に当てられます。算盤の業を発揮して、上司の不正を暴く過程は、これで一本のドラマになりそうな内容です。そのためお駒との婚儀の過程はかなり省かれてしまいました。
 一時は、算盤しか能がない猪山家代々の生き様に疑問を感じた成之でしたが、自分も同じように染まってていったのは、家庭環境だけでなく、父親を尊敬する気持ちがあったからなのでしょう。
大幅にカットされてしまいました。
 婚儀の夜が一つのハイライト。初夜の床でも、婚儀の精算をしている直之に驚くお駒の表情が可笑しかったです。

 その後藩主に取り立てられて、父親と合わせると年収1300万円も得ていた猪山家でしたが、当時の武士は、出世するほど親族などとの祝儀・交際費が高くつく仕組みになっていたのです。直之が当代となりわが家の家計を見直したらなんと、収入の倍以上の借金が発覚したのです。当時の利子は、年収の1/3もの高利で、利子返済のため借金を重ねる多重債務となっていました。おまけに家来はリストラできません。

 そこで当時の武士はどこの家も対面を保つために、借金があり、猪山家も例外なく手元不如意となっていたのです。親戚が訪ねてくる度に、料理を振る舞い、土産を持たせて家来や下女には祝儀を渡すなんてことを続けていたものだから、年収の殆どをどこの武家でも当たり前の様に祝儀・交際費に使っていたのでした。
 そこで考えた直之の奇策は、息子の袴着の祝いに「絵鯛」を振る舞うこと。宴の参加者が「絵鯛」を並べて観客に見せつけるシーンは可笑しかったです。
 そして家計簿を細かくつけることを家訓としたのです。たとえ葬式でも婚儀でも、その日に記録することが、猪山家のしきたりとなりました。のちにこの家訓が元で、さっき触れたような深刻な親子断絶を招くのでした。
 さらに、直之は家財道具も徹底して売り払い、年収並みの資金を調達したのです。まさに「聖域なき改革」で、母親の思い出の着物、父親の大事にしていた茶道具など一切問答無用。それでも一家でほのぼのしている猪山家は素晴らしいと思いました。ここで妻のお駒が名言を吐くのです。「貧乏も工夫だと思えば楽しめる」と。
 節約対策で一番傑作だったのは、碁盤をたたき売って、碁石の原料であるハマグリをそのまま碁石にして碁を打つところでした。

 本作が見ている観客に呼びかけているところとして、不景気の生き方であると思います。日々の生活には必ず無駄があり、その無駄をそぎ落とせば、借金生活を克服できるのだと猪山家の体験は教えてくれます。これはちょうど同時代に生きた二宮金次郎の考え方に似ています。金次郎は「分度」という考え方を推奨して、収入の範囲で生活することを提唱しました。当たり前のようですが、当時の武家の対面では、なかなかわかっていてもできないことだったのです。そして金次郎も、収入の8割で生活して、ゆとりを貯めていくことを推奨しています。
 猪山家の生活は、ともするとクレジットカード付けになっている現代人も他人事では済まされないことであり、示唆に満ちてました。

 演技面では、実直さを絵に描いたような直之を堺雅人が好演しています。彼が演じるとケチケチ物語が、さわやかな家族ドラマに変わってしまうところが見事ですね。やや印象が薄いのが、お駒を演じた仲間由紀恵。その控えめさが、かえって賢妻ぶりを印象づけていました。一番目だったのは母親お常を演じた松阪慶子。本作の狂言回し的な役どころで、お駒とのあり得ない嫁姑ののほほんとしたやりとりは、爆笑を誘われてしまいました。あの天然ボケのような間の取り方は絶妙ですね。

 最近借金がかさんできたような人には、ぜひおすすめしたい作品です。

流山の小地蔵