「絶望と、ユーモアのあいだ」シングルマン ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
絶望と、ユーモアのあいだ
ファッション・デザイナーとして世界的な地位を確立しているトム・フォードが、イギリスの名優コリン・ファースを迎えて描く、人間ドラマ。
最愛の恋人を亡くした男が辿る、最期の1日。そのテーマを知った時点で容易に想像できる絶望と、哀愁が満ち満ちる物語。しかし、不思議と本作にはその闇の部分が過大に存在を主張してこない。その代わりに現れてくるのは、柔らかな暖かさと、センスの良いユーモアである。
日の光、海の輝き、草原の清冽。トム・フォードがファッションを通して世界に示してきた確固たる美意識が、本作でも貫かれている。それでも、これまで映画以外の分野で活躍してきたアーティストが手掛ける映画作品に多々見られる、無意味な表現、目を覆いたくなる陳腐な小道具はない。
ユーモアとギャグ、ぎりぎりのラインを的確に理解し、思う存分映像を手懐けて遊び回る。主人公を演じるコリン・ファースも一歩間違えば「薀蓄たらしの好色オヤジ」で片付けられてしまうところを、哀愁漂う大学教授の美しさを絶妙な表現で描き切ることに成功している。
俳優陣の設定も、ぬかりなし。どこか哀愁が漂いつつも、何故か微笑みかけてしまう愛嬌も兼ね備えた個性的な顔が終結。気持ちの良い統一感に、この作品をまとめあげる一人の監督の強いリーダーシップを感じさせる。
程よいスピード感と、無駄の無い設定。人間を見つめ、いかに人間を活き活きと見せるかを実証してきた監督の力が結実した意欲作である。
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