劇場公開日 2010年10月2日

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「完璧な美しさゆえに、悲しみや切なさが増す物語」シングルマン めぐ吉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5完璧な美しさゆえに、悲しみや切なさが増す物語

2010年12月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

大学で文学を教えるジョージ(コリン・ファース)は、
傍目から見れば何一つ不自由のない豊かで優雅な生活を送っていた。
大学教授という地位、美しく整えられた住まい、
一分の隙もなく着こなした仕立てのよいスーツ…

しかし、ジョージの心はぽっかりと、うつろに穴が空いたまま。
8ヶ月前に、16年間暮らしを共にした最愛の恋人ジムが
交通事故で死んでしまったからだ。

そしてジョージはとうとう、
今日という日を人生の最後の日にしようと決意する。
そして、家の中や大学の研究室を整理し、
家政婦への気遣いも忘れず整えていた。

ところが、そんなジョージの異変を察した男子学生が
心配してジョージの元を訪れてくる。
人生の喜びを再び見出しそうになるジョージだったが…

なんとも端正で美しく、そしてその美しさゆえに、
切なさが増す物語です。

なんといっても監督があのトム・フォードなので、
インテリアにしても衣装にしても、
センスが良すぎるほど良いのは当たり前なのですが、
その美しさがいっそう、主人公の悲しみを引き立てているような。

美しい家の中で、センスのよい服を身にまといながら、
泣くこともできず悲しみを持て余すジョージ。

その姿は、どんなにお金や地位があっても、
最愛の人を失ったという悲しみの前では
そんなものは何の役にも立たない、
ということを残酷なほどにまざまざと見せつけています。

一人ぼっちで途方にくれているただの男…

この作品の原題"A Single Man"の"A"が持つ不特定的な響きから
この広い世界にたったひとり、
“ぽつん”と取り残されてしまったような心もとなさが心に広がります。

そして、やはりさすがトム・フォード!と思ったのは、
“最後の一日”を覚悟して
いっそう繊細になっているジョージの心の動きを、
映像を通じても見せてくれるところ。

ごくフツーの私たちでも、恋をすれば世界はキラキラ輝いて見えるし、
失恋すればくすんで見えるものですが(そうですよね??)
そんな心の動きによって目にも違って映る世界を、
映像としてちゃーんと見せてくれます。

ふだんは鬱陶しく見える隣家の日常が、キラキラと色鮮やかに見えたり、
ちょっとした言葉に傷つき白黒に見えたり、
嬉しい人を見つけてその世界がまた色を帯びたり。

色+画面の質感を駆使して表すそのセンスは、
さすが、時にセクシーすぎると評されるほど
官能的な服をデザインしてきたトム・フォードならでは!!

彼のセクシーはつまり、五感の限りを刺激し駆使して、
限りある生を存分に堪能し楽しみ尽くそう、
というものなのではないでしょうか。

そして、そんな彼のスーツに身を包んだコリン・ファースは
トム・フォードの美学を具現化したように、
美しさと危うさを備えていて
これまでの中で一番心に刺さりました。

めぐ吉