「悲しい男のおはなし」レスラー DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
悲しい男のおはなし
映画「THE WRESTLER」、邦題「レスラー」を観た。
ゴールデングローブの、最優秀主演男優賞を 主役のミッキー ルークが 獲得し、ベネチア国際映画祭でも 最優秀賞の金獅子賞を獲得した作品。
ストーリーは
ランデイーは、(ミッキー ローク) ラムという愛称で呼ばれ ラスベガスのスタジアムを何万もの熱狂的なファンでいっぱいにして、かつて一世を風靡したプロレスラーだ。リンクの上に 仁王立ちして 床にのびている相手の上に体ごと飛び降りて カウントに持ち込むのが彼の必殺技だ。1980年代の熱い男達の英雄的レスラーだった。
さて、20年たった今でも、ラムは小さな街の小さなリンクで、レスラーをやっている。もちろん八百長もやる。試合中に剃刀で 自分を傷つけて血を流しながら 戦うのもショーのひとつの見世物だ。観客達は 流血を見て、興奮してそれに熱狂する。しかし、試合が終わって、彼が帰る家は 惨めな貸しトレーラーだ。興行でもらった金は ボロボロの体を何とか維持する為の 鎮痛剤や、ホルモン剤と、アルコールに消えてしまう。
そんな彼が、試合の直後に、心筋梗塞で倒れる。 バイパス手術をして彼を救命した医師は「生きていかったら二度とリンクには上がらないように」とラムに忠告する。プロレス以外の世界を知らないラムは 途方にくれて、ストリップダンサーのマリサ (マリサ トメイ)のところに行く。9歳の子を持つシングルマザーの ストリップダンサーは、ラムに、「それならば、プロレスをやめて、家族のところに帰りなさい」と言う。 すっかり忘れていた、17歳の娘にあわてて会いに行くが、勿論 長いこと 連絡を絶っていた父親を 娘は受け入れない。紹介された肉屋で店員として働き始め 娘との関係も修復につとめ、やっとのことで娘の かたくなに閉じた心を開かせることに成功するが、生きる目的をどうしても見出せないラムは、このままずっと店員を続けていくのではなくて、本当に自分のやりたいことに、自分を賭けることにする。 というお話。
悲しい男のお話だ。ショービジネスで いったんヒーローになってしまうと 死ぬまで そこから抜け出すことが出来なくなってしまう男の悲哀。救いのない老醜。うらぶれた男のロマン。
53歳のミッキー ロークは、長いことハリウッドから忘れ去られていたが、去年コミックを映画化した「シンシテイー」で、カンバックした。この映画、白黒映画で、余りに残酷で切ったり 殺したり 刻んだり 暴力性が激しくて 気分を害し吐きそうになって私は映画の途中から出てきた。この映画の大男の殺し屋が ロークだった。 このニューヨーク出身のハングリーなボクサー上がりの俳優は、1980年代には、アメリカのセックスシンボルと言われ、大変な人気だった。彼の20代のころの写真をみると、同じ人とは到底信じられないほどハンサムだ。今回、老醜をさらけ出しての熱演に、たくさん賞がもらえて嬉しいだろう。
映画のなかで、敵味方で憎悪むきだしで戦っていたのに、試合が終わると レスラー同士がとても仲が良くて 互いに気を使いあったりする様子が おもしろかった。
うちとけない娘の前で、「寂しくて仕方がないんだ。」と、大きな男が大きな涙を落とすシーンも良い。彼からプロレスを取ってしまったら 何も残らない、ただのわがままな赤ん坊のような、どうしようもない男をよく演じている。もしかすると、この役者そのものの姿なのかもしれない。
ストリッパーのマリサ トメイが 良い味を出している。この人が出演している映画をいくつか観ているが、いつもストリッパーだったり、身持ちの悪い女だったりして、この人が服を着て 画面に出てきたことがない。44歳で、とても美しい体をしている。裸でセクシーなポールダンスをさせたら 本場の本物より上手だ。口をすぼめてしゃべる様子や、長い乱れ髪で男を遠くを見るような目で見つめられたら 大抵の男は クラッとくるだろう。
体が資本で 体を張って生きるしかない孤独なレスラーと 孤独なストリッパーの悲しい映画のなかで、唯一、17歳の娘を演じた エヴァン レイチェルウッドの硬く純粋な美しさが 際立っている。汗と血とアルコールで汚れた掃き溜めに突然、真白の鶴が舞い降りたように、色白で可憐な 薄幸の娘だ。父親から長いこと忘れられていた娘の孤独は、プロレスラーやストリッパーの孤独よりも深く 痛々しい。
この映画 熱い男の浪漫とか言ってしまって、男は賞賛してしまいがちだけれども、私はこんな「浪漫」は 好きになれない。大体どうして 男は格闘技に惹かれるのか。格闘技のボクシングもレスリングもスポーツではない。殴り合いではないか。ボクシングなど、ヘルメットをした上で どうして頭を殴りあわなければならないのか。
映画では、大きな体で、小さなおつむの赤ん坊のようなレスラーを ストリッパーは支えてやろうとしたが、そんなレスラーとストリッパーを理解しようとして、もっと傷つくことになってしまった娘の方が、人間として はるかに立派だと思う。
最後に昔のロックンローラー ブルース スプリングステイーンが 歌っていて、それが とっても良い。