「優れたストーリー展開と緊張感を維持させる演出。ラストの意外な決着には、ちょっと疑問が残りました。」帰らない日々 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
優れたストーリー展開と緊張感を維持させる演出。ラストの意外な決着には、ちょっと疑問が残りました。
かけがえのない息子を、目の前でひき殺されたひき逃げ事件の顛末を描いた作品。至ってどこでも起きそうな事件を2時間の映画作品として脚色しているところが、脚本家の力量を感じさせます。
なかでもこの作品のポイントであり、一見あり得ないと思う意外性から観客を一気に作品の世界に釘付けにするのが、主人公イーサンの身近なところに犯人がいたという設定です。
しかも犯人は、ひき逃げ事件の調査を依頼した弁護士であり、その息子の義理の妹にイーサンはピアノを教えている関係であったのです。
いつ正体がばれるのか、そしてイーサンの復讐はどうするのか、意外な設定はこの作品にサスペンスに近いハラハラ感を作りました。この設定があればこそ、単なるひき逃げ事件が映画作品として成立した要因と思います。
何の罪もない息子をひき殺されて、イーサン夫妻は自分たちが防げなかったことを、激しく責め合います。その狂ったように台詞が繰り出されるふたりの演技は、真に迫っていました。すごい芝居をするなぁと思ってみていたら、それよりもっとすごいシーンに遭遇しました。
イーサンは、直感的にドワイト弁護士が犯人だと見抜いて、ひき逃げ現場に連れ出します。その時の火花が散るような緊張感が走るふたりの攻防は、近年にない名シーンと思いました。
言葉には出さなくとも、鋭い眼光で「おまえが犯人だろう!」とにらみつけるイーサン。事故現場に連れてこられても、「ここには来たこともない」と強気に言い返すドワイト。しかし彼の顔には明らかに狼狽する表情を浮かんでいました。
さあここで正体を白状させて、イーサンの復讐が始まるのかと思ったら、監督はばれそうでばれない小出しの展開を見せていき、最後の最後まで観客をこの次どうなるのかと画面に釘付けにするのです。
さらにドワイトにも別れた妻が引き取ったイーサンの亡くした息子と同年代の息子がいたのです。もしかして、その息子にもイーサンの復讐が及ぶのではという複線の張り方でありました。
終盤まで、優れたストーリー展開と緊張感を維持させる演出が冴え渡っていたものの、ラストの意外な決着には、ちょっと疑問が残りましたね。結末を急ぎすぎた感じがします。
この作品は、911以降のアメリカ人の意識を濃厚に反映しています。「目には目を」ということで復讐は当然として戦争を支持してきたものの、個人に降りかかったらどうなのかを深く問う作品であるのではないでしょうか。
他方、誕生時からクリスチャンとして、罪を許せ、隣人を愛せとして教育を受けて育ってきたアメリカ人の多くは、激しい復讐心に罪の意識や魔の働きを感じてしまうものです。そこでこの作品。同じ立場に立たされたらあなたはどう判断するのかと問いかけているのです。子供を持つ観客なら、おそらく鑑賞自体が苦痛に感じられるでしょう。とても見ていられないくらいリアルな作品です。そしてひき逃げ事件自体は、どこにでも起こりえることです。けっして他人事ではありません。
イーサンの狂気を見せつける中で、怒りや恐怖に駆られて自分を見失いことの愚かさをまざまざと実感できるものと思います。感情に流されていては、その悲しみは尽きず、心の傷は癒えることはありません。
狂気を生み続ける元は一見犯人にありそうで別にあります。敵は自分に内にあるものと気がつかされる作品ですね。心に支配されることなく、心を支配すべきではないでしょうか。
そしてうまく悲しみと共存することが大切でしょう。「罪を許す力」を持つことができれば未来に向けて「再生」という希望が見えてくることができるでしょう。
「罪を許す力」とは、自分と他人を許す勇気だと思います。その悔しさに、時効をかけるという割り切りを持つことが、「再生」への出発点となることでしょう。
完璧で満たされた人生は、一瞬にして崩れていくことがあります。そうでなく、不器用な自分を認めて、常によりよい人生を目指すという考え方もあるのではないでしょうか。
いろいろ考えさせてくれたいい作品でした。