おそいひとのレビュー・感想・評価
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秘密は、黄金比率
次回作「堀川中立売」が静かな注目を集めている柴田剛監督が、実際の重度身障者として生活している住田雅清を主演に迎えて描く、サスペンス映画。
どうしても苦手な人間というのは、誰にでもいるものだ。声が高い人、笑い声がカエルに似ている人、足の指股からヒレが出ている人・・。人によってその対象は変わる。では、私はどうかといえば、開口一番「黒目が、大きい人」である。理由は分からないが、何やら怖い。
だから、「秘密は、黄金比率!」と嬉しそうに特製コンタクトレンズをつけて現れる男性なり女性が現れると、自然と10センチ後ずさりしてしまう。
本作の主人公、住田を一目観たとき、画面から後ずさりしている自分に気が付く。全てを見据えているが如く、黒目の配分が大きい瞳が強烈な存在感を発揮している。怖い、何か怖い。私を理解しないで・・そんな感じだろうか。
一人の身障者としての疎外感を持たず、気の合う介護者と共に毎日を過ごしていた住田。しかし、その平穏な日常にぼんっと飛び込んできた一人の女性。彼女への密かな想いと共に、生まれる平穏への違和感。それは、衝動となり、憎悪となり、住田を苦しめていく。
作り手は、この手の感情崩壊映画を手掛ける上では親切設計を心掛けている。爆音を鳴らすギター、世界を揺るがすようなカメラの振幅、そして鮮血を極めて劇的に魅せる視点。だが、それ以上に住田の破綻を端的に見せる要素が、彼の言葉となる「ボイスマシーン」の存在感だ。序盤は住田の生活の中心にあったそれが、終盤はほとんど出現しない。
言葉なんて、いらない。説明なんて、面倒だ。この描写はそのまま、日常に適応することを破棄した住田の独立宣言にも思えてくる。では、一人で生きていけるか。答えは、観客はみんな知っている。
身障者の殺人という道理的に批判されて然りのテーマが問題視される本作。だが、この物語は決して特別な世界の描写ではない。物質的には一人で生きていくことも可能な現代社会。しかし、それは精神を無視した暴挙だ。人間の弱さ、強がり、そして本能の脆さ。「秘密は、黄金比率」の眼差しが伝える観客への警告は、鋭く、真っ直ぐ、心に響いてくる。
これは、孤立化が常習化した私達の物語なのかもしれない。
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