遥かなる戦場のレビュー・感想・評価
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19世紀のクリミヤ戦争について知ることで、現在進行形の21世紀のウクライナ戦争の今後の展望をあれこれ考えることができるのです
1968年公開のイギリス映画 本作は170年前の1853年10月に勃発したクリミヤ戦争の物語です クリミヤ戦争は、名前だけは知っている人が多いと思います なぜならナイチンゲールが従軍看護婦として活躍した戦争だからです でも本作にはナイチンゲールは全く登場しません ウクライナ戦争で毎日その地名を聞かない日はないクリミヤ半島での戦争が19世紀にもあったのです この戦争を戦ったのは、初めはロシア帝国とオスマン帝国でした 今のロシアとトルコです 最初の頃はバルカン半島での両国の小競り合いが紛争に拡大したのが戦争のはじまりでした イギリスもフランスもロシアがオスマン帝国を圧倒してエーゲ海方面まで進出されるのではと警戒を始めます このバルカン半島は、1914年に始まった第1次世界大戦の発火点になります 1992年にはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争も起こってNATOが参戦することになりました 戦争の火薬庫とは良く言ったものです ところが同年11月30日、バルカン半島から遠く1400キロも離れたところで海戦がおきます 黒海の南岸、つまりクリミヤ半島の真南にある今のトルコのシノープにあったオスマン帝国の軍港をロシア艦隊が攻撃したのです このシノープの海戦は一方的なロシア艦隊の勝利でした シノープに停泊していたオスマン帝国の艦隊と貨物船は全滅、港湾施設まで全て破壊されてしまうのです シノープの虐殺と報じられたほどでした なぜロシア艦隊が、バルカン半島から遠く方面も違うこの軍港を襲ったのでしょう? ロシアの南下政策にとって目障りなオスマン帝国の要塞が今のアルゼバイジャンとトルコとの国境辺りにありました その要塞コルスへのイスタンブールからの補給線の港がシノープだったからロシアは攻撃したのです つまりそこを攻撃する意味は、ロシアが南下する意図と意志を明確にしたことに他ならないのです これがバルカン半島での紛争程度であったものが「クリミヤ戦争」に拡大するターニングポイントになります イギリスとフランスなどがオスマン帝国側について参戦することになったのです 特にイギリスに取っては、劇中で説明される通り、植民地インドへの陸上連絡線をロシアに遮断される恐れがあるから死活問題だったのです 英国は1815年のナポレオン戦争から約40年ぶりの遠征軍を派遣することになったのです ということで本作の物語は、1953年の春頃、インド帰りの貴族の息子ノーラン大尉がイギリス第11軽騎兵連隊に着任するところから始まります 騎兵は当時は花形の兵科です 騎馬による機動力を活かし、その猛速度での突撃の衝撃力で敵を突破するのです 騎兵の強さが戦いの趨勢を決めたのです 軽騎兵はその中でも、鎧などの装甲を纏わず最小限の装備での軽快さを活かして後方攪乱や奇襲攻撃に用いられました 前半はこの軽騎兵連隊の様子の紹介がメインです 後半はいよいよイギリス軍が遠征軍を編成してして黒海まで進出し、クリミヤ半島の西岸、セバストポリ要塞北方のカラミタ湾の砂浜に上陸するところから始まります セバストポリは今もロシアの黒海艦隊の根拠地です ここを占領しない限りロシアの南下政策は阻止できないのです 上陸の前の大嵐のシーンは、フランス海軍が大損害を受けたもので有名です それがもとで気象予報が発展したそうです 1854年10月24日に起きたセバストポリ要塞の近郊でのバラクラヴァの戦いがクライマックスとなります 英国ではかなり有名な戦いらしいです いくつの戦いが行われて、英軍の勇猛果敢な戦いで、大損害をうけつつもロシア軍に勝利した戦いと歴史に残っています 日本の二百三高地みたいなものでしょうか? 「シンレッドライン」という米国映画があります 南方での太平洋戦争の映画です そのタイトルは人間として踏みとどまる最後の薄い一線として使われています この言葉の由来は、このバラクラヴァの戦いの中で英軍歩兵連隊が僅か二列横隊の寡兵でロシア軍騎兵の突撃を防ぎきったことからの語源だそうです レッドは当時の英軍歩兵の赤い制服の色です ただその中で、この第11軽騎兵連隊だけは特に壊滅的な大損害を受けています 本作の主人公であるノーラン大尉の伝令ミスで突撃目標を間違えたことが原因だそうです しかし本作ではノーラン大尉が伝令ミスしたのではなく、軽騎兵連隊の連隊長が戦場で道を間違えて違う目標に突撃したから大損害を受けたことになっています ボロ雑巾のように荒野から敗走してくる軽騎兵連隊の兵士たち 騎乗しているようなものは誰もなく 、傷つき血塗れになって戦塵の中を歩いて戻ってくるのです 原題は「軽騎兵連隊の突撃」という意味で、クライマックスの戦いを端的に表現しています それに対して邦題は「遥かなる戦場」とあまり素っ気ないものです しかし、この邦題なかなか考えられていたのです ロンドンからこのクリミヤ半島の戦場まで2600キロの地理的な遠さだけを単に表現したものではないのです 後方の丘の上で無責任に指揮を執る司令官達と、戦場の兵士たちのとの関係の遠さを表現しているものだったのです 大損害の責任を自分にあると卑劣で傲慢な連隊長は認めず、司令官達も責任を誰も認めないのです 司令部は責任を押し付け合うばかりなのです そこで唐突に映画は終わります セバストポリ要塞の攻防や、その後の戦争の行方は語られません そんなことはもはやどうでも良い、本作で表現したかったものは全て済んだとでも言うようにあっさりと終わるのです おそらく、ベトナム戦争のまっ只中での公開ですから、こんなでたらめな連中の指揮で若者たちは無意味に死んでいくのだと主張するのが、クリミヤ戦争の物語を借りての本作製作の目的であったのでしょう 主人公や連隊長の不倫エピソードは、軍隊の上層部はデタラメな連中だらけだと言いたいだけなのだと思います 同僚の兵士たちをスパイするように命じられて拒否した優秀なベテラン下士官への残酷な仕打ちも同様です 何か原作があるように思えます 当時の世界情勢や、いろいろな背景、戦争の進展を19世紀の新聞挿し絵のポンチ絵風のアニメで要領よく説明してくれます これがこの映画で一番良い部分だったかも知れません 映画としては、正直かなり微妙な出来です では本作を観る意味や価値は無いのでしょうか? この19世紀のクリミヤ戦争について知る端緒になること それが現在進行形のウクライナ戦争について考え、今後の展開についての歴史からの展望をあれこれ考えることができること また19世紀中葉の戦争の有様を映像でみて、同時代の日本での鳥羽伏見の戦いや戊辰戦争との比較も考える楽しみがあります クリミヤ戦争の始まった1853年はペリー来航と同じ年でもありました クリミヤ戦争の結果、英仏に南下を阻止されたロシアは極東に目を向けます それが日露戦争の淵源となっていくのです さらに、この軽騎兵連隊が大損害を受けるメカニズムは、170年後の21世紀のウクライナ戦争でのロシア軍のデタラメぶりに良く似ています クリミヤ戦争は、ロシアの後進性が明らかになり、産業革命の只中のイギリスやフランスには対抗できないことがはっきりしてしまいました それと良く似た事が21世紀でいま繰り返されています 遥かなる戦場 それはロシア兵達にとっては、21世紀のウクライナであったのです すぐ隣の国なのに 遥かなる戦場だったのです 19世紀のクリミヤ戦争の戦後の展開の歴史を紐解けば、21世紀のウクライナ戦争の戦後の行方も何かしら手掛かりになるような気がします このようにとどめもなくいろいろなことに思いを巡らせる楽しみがあります 映画の価値を離れたところに魅力があるのです 1936年の白黒の米国映画「進め龍騎兵」も同じバラクラヴァの戦いを描いています そちらの方がこの戦いを描いたスタンダードであると思います しかしながら本作を見てクリミア戦争とは何かを理解してから、そちらを観られた方が良いと思います なぜ軽騎兵隊が多大な犠牲を払ってまで突撃したのか?がより納得性のあるストーリーとなっています
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