劇場公開日 1967年6月3日

「カウンターカルチャーの末路」欲望(1966) かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0カウンターカルチャーの末路

2025年6月20日
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本作をはじめて鑑賞した時は高尚な芸術作品なのかなぁとも思ったりもしたのだが、今回あらためて見直してみると、ポップカルチャーに対する巨匠アントニオーニの批判的な眼差しを感じたのである。坂元裕二は本作と同じようなテーマをラブストーリー(『花束みたいな恋をした』)の中におとし仕込んで見せていた。おそらくイタリア人巨匠アントニオーニも、60年代に起きたムーブメント“スウィンギング・ロンドン”を、ある傲慢で俗悪なカメラマン(デヴィッド・ヘミングス)の目を通して痛烈に批判している。

1960年代のロンドン。若き人気ファッション・カメラマンのトーマスは、ある日公園の原っぱで戯れる中年の紳士風の男と若い女のカップルを見かけ、彼らの行動を盗撮した。女はトーマスが自分達の写真を撮っていたのに気づき、ネガフィルムを渡すように懇願してきたが、いつのまにか一緒にいた男が消えたのを見るや否や、駆け出し去っていった。
           Wikipediaより

自分の撮影スタジオでカメラを構えながらブロンドモデル(ヴェルーシュカ)に指示を出す姿を観て、私は『ロスト・イン・トランスレーション』で、映画俳優役のビル・マーレイに横柄な態度を示す日本人ディレクター(ダイヤモンドユカイ)を思い出した。実はこの映画、イタリア系アメリカ人ソフィア・コッポラのアジア人蔑視感情が無意識の内に表出している作品でもあり、昭和生まれの私なんぞは非常に不愉快な気分にさせられるのである。

1972年毛沢東の妻江青に招かれてアントニオーニが文革ドキュメンタリーを撮らされたことを御存知だろうか。作品中中共にとって不都合な描写が含まれていたため、30年間上映禁止のおとがめを食らっていた問題作である。だからイタリア人に人種差別的傾向があるといいたいわけではさらさらないのだが、アントニオーニもソフィア・コッポラも、他国の文化や芸術を下に観がちなイタリア系ならではのプライドの高さを感じるのである。

偶然おさえた“不倫ショット”が実は計画殺人の動かぬ証拠であったことに、ロンドンの売れっ子カメラマンが後々気づくというサスペンスタッチのストーリー。はじめは「(殺人を未然に防いで)人の命を救った」と単純に喜んでいたカメラマンだったが、現像写真をさらに引き延ばしてみて(原題:BLOW-UP)はじめて、(ヴァネッサ・レッドグレイヴも一味の可能性が高い)計画殺人の手助けをしてしまった真実にたどり着くのである。(しかも無言の脅迫つきで)

友人である画家の恋人(サラ・マイルズ)=別居中の奥様?やエージェントの男から、「(殺人の瞬間を実際に)見たのか?」と尋ねられて「見ていない」と答えるカメラマン。つまり、“目には見えない真実”を描くのが芸術家だとするのならば、一時のムーブメントに乗っかってチャラついた生活を送っていたこのカメラマン(画像の荒い写真のような絵しか描けない画家や、ノリの悪いコンサート中イラついて🎸を叩きこわしたジェフ・ベックもまた)は浮気現場を押えるのが関の山で、まったくもって“芸術家”とはいえないのではないか。そんなアントニオーニの皮肉を感じないではいられないのである。

さらに付け加えるならば、真実に迫れば迫る(現像写真をBLOW  UPすればする)ほど、社会的政治的批判(脅迫)が強くなり、抽象化せざる(画像が荒くならざる)を得ない映画表現の限界について、アントニオーニなりに考察した作品でもあるのだろう。よからぬ組織の盗聴をおそれ東洋人秘書への連絡をカー無線から公衆電話に切り替えたように、現在日本国内で真実が見えにくくなっている米騒動のような事象については、実際に自分の足で(殺人)現場に赴いて確認しに行く姿勢がやはり必要なのではないだろうか。遠方にみえる空港の着陸機数にまで拘ったという、ドキュメンタリー作家出身ならではの現場主義を是非見習いたいものである。

ラスト、カウンター・カルチャーのメタファーと思われる白塗り集団が、誰もいない公園のテニスコートでパントマイムに興じる様子をボンヤリと眺めるカメラマン。やがて集団の姿も視界から消え、聴こえていたテニスボールを打ち合う幻聴もいつの間にか止んでしまった。青々としげる芝生の上で、なんともいえないシニカルな笑みを浮かべるカメラマン。ゴミだ!俺も俺の撮った写真も、そしてあいつらも。最後は、ハービー・ハンコックのジャージーな劇伴とともにカメラマンの姿も消えてなくなってしまう。公表が差し控えられる真実とともに、似非芸術がすべからく表舞台からBLOW-UPされたように。

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かなり悪いオヤジ
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