「時間貯蓄銀行とはシュール」モモ(1987) odeonzaさんの映画レビュー(感想・評価)
時間貯蓄銀行とはシュール
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古来、お伽噺に人生訓を込めるのは親たち世代からの遺言のようなもの、さて現代のお伽噺には何を込めるのだろう・・。モモはあくせくせず、ゆとりある生き方についての物語です。
ミヒャエル・エンデのお伽噺なので兎に角シュール、人々がゆとりを失ってしまうのは「時間貯蓄銀行」の亡霊たちが時間を騙し取るせいという設定も分かるようでわからない。
確かに「時は金なり」のたとえ通り貴重なものであることは分かるが銀行が悪役で登場するのも現代的で意味深ですね。
救世主が恵まれない孤児の女の子という設定は児童向けだからでしょうか、「裸の王様」ではありませんが汚れを知らない子供らには真実が見えるとでもしたいのでしょう。そしてあなた方は汚い大人たちに騙されないよう悪と戦ってくださいねという作者の願いなのでしょう。
自分たちが不幸なのは誰かに搾取されているからかもしれないと言うのは大衆迎合性においても手っ取り早い落としどころですし、解決を自身でなく救世主に頼るところも受け入れやすいのかもしれません。ただ、この世界観は第一次大戦で疲弊したドイツ国民がヒットラーの妄言、扇動に載ってしまったのと通じる国民性の根深さを感じて怖いものがあります。
ミヒャエル・エンデ自身もパイプを手放せない愛煙家、紫煙が悪の象徴というは自虐的、奥さんも日本人ですし大の日本贔屓、時間の国への案内役が亀さんというのも浦島太郎をひっかけたのでしょうかね。
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