マディソン郡の橋のレビュー・感想・評価
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意味不明なオジオバの恋愛
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旦那も子供もいるオバさんが4日間家で留守番する。
その時に道を尋ねて来たクリントと不倫の関係になった。
クリントは結婚もせず自由な人生を歩むカメラマンだった。
しかしこの恋は本物で、全てを捨てて一緒に来いと言う。
オバさんは迷ったが、結局は平穏な生活を選んだ。
やがて旦那も死に子供も独立した後、クリントが死んだ。
オバはんは遺品が送られた事でそれを知った。
彼女にとって一生忘れられない4日間の出来事だった。
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何で自由人のクリントがこんなオバはんと恋に落ちたのか?
オバはんがクリントでなく家族を取ったのも当たり前だと思う。
クリントの意味不明な行動と身勝手さが目立つ。
さらに何年も経って遺品をオバはんに送るのも謎。
オバはんは一人暮らしになっていたが、家族がいたら迷惑かかるし。
そもそも恋愛物に興味がないが、この作品は特にイケてない部類。
しあわせな四日間
フランチェスカはロバートに
一目惚れだったのだろうか
…道を聞かれても道案内していなければ
何も起こらなかった
一緒にマディソン郡の橋まで行く途中
彼との会話が楽しくて
ロバートに興味を抱いた
夕食に誘って
夕食を作っている時も
何か手伝う とか
ドアを静かに閉める とか
何気ない彼の気遣い
ロバートの優しさに惹かれていった
彼が理想の人
それとも…
平凡な日常を変えたかっただけ
駆け落ちしなくて正解だったのか
どうか分からないけど
……あの日の四日間は
彼女にとって特別な時間
しあわせな人生に花を添えた
『お互いに出会う為の四日間』
遺灰を彼と共に…とは
彼を想う気持ちが大きかった
来世では彼のところへ…
細かい表現が見事
平凡だけど幸せな主婦が
突然の激しい恋に落ち 彼と過ごした4日間の
細かい心の動きを見事に描いています。
夫の事についてはほとんど語っていないのに
音楽や詩を愛する感性はなく、
家事を手伝う事もない テレビとビールで夜を過ごす
どこにでもいるアメリカの中年なのだろうという事が
伝わってくる!
平凡に過ごしてきた自分の中に見つけた激しい衝動
夜中に車を走らせ詩を引用した文章で彼を誘い
街の噂になる事を恐れながらも
彼に逢いたい気持ちをおさえられない
フランチェスカのセリフ。
ただ愛し合うだけじゃなくて
愛してしまったから疑い、怒る。
愛と真逆の感情に揺さぶられてしまったり。
雨の中の別れのシーンでは
きっと夫は気づいたんだと思う
それでも問う事も責める事もなく自分を選んだ妻と
暮らしていく。
全てが切ないシーンだった。
相手がソンドラ・ロックだったら面白かったかも
土砂降りの雨の中、傘もささずに立ちすくむクリント・イーストウッドを見つめるメリル・ストリープ、どうすることもできない切なさが伝わるシーンだ。結局のところ、この映画は不倫ドラマであり、他の不倫ドラマと同様に、個人的にはなかなか感動するまでには至らなかった。
大人の恋愛映画
切ない大人の恋愛映画。
だけど、言っちゃえば不倫の話。
子供たちに向けた手紙の中で「彼を恨まないで、むしろ感謝するはず」みたいな部分があったけど、どこが感謝するところがあった?
母親の不倫の話なんていくら美しい愛であったとしても子供からしたら全然感謝なんてできるはずない。そのおかげで家庭が円満だったとしても。
とにかく不倫を美化した作品。
イーストウッドはめっちゃおじいさんじゃないかと思ったけど、さすがかっこよかった。
一生忘れられない恋をしたように見えなかったのが残念
お互いの事を忘れなかったという遺品を主婦の子供たちが見つける場面から始まるのと、最後にカメラマンの遺灰が出会った橋に撒かれた事を知って主婦も自分のもそこに撒いてほしい、残りの時間は彼と共にしたいという遺書の展開はロマンティックで良かったけど、何故そこまで、特に世界を飛び回るカメラマンが平凡な主婦に4日だけで一生忘れないほど愛情を持ったかがはてな?な感じ…一緒にいた最後の日に男が女に生涯で1度だけこれは特別だと確信が持てると言うほど観客にそれが伝わらない。まあ普通に短時間に燃えた恋にしか見えない。街での別れの場面が強烈で一生尾を引いたのか?その一緒にいた4日間が濃く書かれ過ぎて夫が死んでからカメラマンに連絡を試みるけど、もう所属先の会社にはいなかったところあっさりしすぎ。そんなに忘れてないならもっと探しなよって思うけどな。 クリントイーストウッドはかっこいいけど。
5年後にまた観てみたい
この映画で一番心に残ったのはフランチェスカは教師時代の話をロバートにします。
「どの子も才能を秘めていたのよ、なのに私が才能を引き出すことができた子を私は素晴らしい子だと思ってしまったのね」というようなセリフです。
お酒の力もあって会話は弾み、イーストウッド演じるロバートは犬歯の後ろの歯までみえる笑顔になります。それをみつめて笑いかえすフランチェスカに私は生徒の話と同じことを感じました。
離婚で痛手を負った男性の家事を手伝おうとする姿や、写真集を出すべきというフランチェスカの言葉を約束のように実行するロバートがいじらしい。カメラのフィルムは冷蔵庫にしまうのに時計をしたまま行水をしたり、置手紙があってもシャッターチャンスを逃さないため写真を撮ってから読むというような、目的以外のことには無頓着になってしまう一面もあって完璧な男にはなっていないのもよかったです。町のレストランで、不倫をしてために住民からつらく当たられるルーシーに声をかけ、寄り添う気持ちもある。
フランチェスカが夫と買い物をするのを雨にずぶ濡れになって見つめるシーンは胸が締め付けられ、バックミラーにペンダントを懸けるところもなにか儀式のようで、苦しくて叫び出したくなるのに微かな怒りも感じました。自分と夫をずぶ濡れで見つめる俺を見せつけてくるところがアーティストでした。
寝取られ夫であるリチャードは、妻がいないと眠れないかもと言ってしまうような人です。
四日間家を空け、帰ってきたら妻が美しくみえたとしたら何を感じただろう。車のなかで妻がいきなり泣き出して、「お腹が痛いの」とか「悲しいことを思い出したの」と言い訳もしてくれない状況に何を思っただろ。バックミラーに掛けたペンダントはフランチェスカしか気づかなかったのだろうか。
人生の最終章で妻に「夢と違う人生を歩ませたね」と言う夫は本当に何もわかっていなかったのだろうか。
フランチェスカはロバートと一緒に生きることを選ばず、家族と暮らします。
昔の私はそれば夫に対して失礼じゃないか!と思ったものです。ですが今はそう思えなくなりました。自分が駆け落ちしたことで、夫も子供も愛されてなかったと思ってしまうことに耐えられなかったのでは?いままで気持ちを重ねてきた夫がこの町では女房に逃げられた男のレッテルを張られたくないのだと感じました。
また田舎町では魅力的に感じるロバートとの生活、非日常が日常になったあとの不安があっで、慣れ親しんだ生活を捨てれなかったように取感じます。死んだあとは夫の隣で静かに眠るのではなく、灰になって風雪に翻弄されどこかへ飛んでいくことを望んだフランチェスカにとってリチャードは夫というより庇護者になっていて甘えていたようにも感じました。
母の四日間の記録を読んで、彼女の子どもたちはメッセージを受け取りました。
ひとりは自分の妻に「今の人生で不満はないか」と聞き、愛を伝えます。
もうひとりは自分をないがしろにする夫に別居したいとを伝えます。
2人とも大変なことはあるだろうけど、明るい顔をしていました。
母も娘も似合っていなかったドレスにはどんな意味があるのだろう。
今の私にはわかりません。意味などないのかもしれません。
それはもっと年を重ねたらわかるのかな。
ロマンティックなシーンで「なんでこの季節に暖炉を焚いてるの」と気になり出したり、ロバートの焦げたトーストが焦げのないトーストに変わることに気を取られてしまう私は恋愛は向かないのだと感じました。
「アイスティーでもいかが?」
夫とも上手くいっているのに本気の恋をしてしまったのは、ロバートが言っていたように「生涯で1度の確かな愛」を見つけてしまったということですよね(^-^) 独身の時に出会っていればよかったという問題ではなく、今出会えたからこそ「永遠の4日間」を過ごせたのかな・・・僕もアイスティーが飲みたくなる(笑)
不倫についての重い重い映画
クリント・イーストウッド監督。
ベストセラー小説の映画化。
中高年の恋愛をテーマにした一大叙事詩。いや、橋の上から始まる老カメラマンと中年主婦の成就できなかった大恋愛。
タイトルは気になっていたのだが、見る機会がなかった。
若い時分には本腰を入れて観る気はしないだろう。主人公たちは、あまりに歳をとりすぎている。しかし、このようなことは、いくらでもありうることなのだ。
人間の色恋についてためになる作品であることは間違いない。本来なら映画館で集中して観るのがおすすめだ。作中の物語は四日間に及び、さらに最終的には数十年に渡って続く。切ない。
60を超えたスチール写真のベテランカメラマン(独身)とイタリア出身の主婦(農婦)の恋愛物語。この設定が洒落ている。イタリアからアメリカに嫁にきた女。
ワシントンのフォトジャーナリスト。
結婚してアメリカ人になったイタリア出身の女には中高生の娘と息子がいて、アメリカの片田舎で農場をやっている。夫は生真面目な農夫。外に出る機会はほぼゼロのような生活。
決して不幸ではない家庭を捨てて恋愛をとるか、恋愛を捨てて家庭を守るかの究極の選択を迫られたフランチェスカの物語。
一応、ハッピーエンドにはなっているので、観て損した感じはしない。
死んだ母の遺品整理をしている時の娘と息子のある一日を描いている。物語は母が書いた手紙を通して語られる。母は亡くなったばかりだ。
このドラマが感動的なのは、フランチェスカとロバートは、燃える愛の炎を互いに胸に秘めながら、別れて、死ぬまで相手を思い続けたところにある。
感情の自由と美しさを教えてくれる
現実的で全く美化されていない、リアルな純愛。
「こんな確信は生涯で一度きりだ。」
これに尽きる。人生は選択の積み重ねだが、確信というのは、積み重ねたもの、守るべきもの、正しいと感じるもの、選ぶべきものから得られるとは限らない。
その確信に出会えた事がまず奇跡で、たとえ家族を置いて着いて行く選択をしなかったとしても、人生でその確信の気持ちをお互いに大切にできたことが、素晴らしいと思う。心に嘘はつけないしつく必要ないと思うから。
深入りしてしまい迂闊だ無防備だという声もあるかもしれないが、遠いイタリアの故郷を離れて元アメリカ軍の夫と田舎に移り住み、何もかも近所にあけすけで助け合いながらも平凡を抜け出すわけにいかない毎日で、家を守り家族を育てる日常だったところに、外の空気を知り故郷も知る人が現れて困っていたら、助けてあげたいしもう少し話をしたい、そう思うのは人間として自然の流れだろう。
感情に素直なフランチェスカが、私は好き。
迷い込んだロバートが男性であるがゆえに、家族と違う男性と知り合って興味を持った後ろめたさがあるからこその、摘んでもらった花束に毒草よと言ったり、世間体よりも、もう少し話したいと感じた自らの気持ちを優先させて約束を実行したり。最終的に家族との日常生活を選んだ事も、フランチェスカは心に嘘はついていないと思う。
家族が嫌で苦しかったわけでも、ロバートに我を忘れて入れ込んだわけでもなく、とても自然で、だからこそ最後まで共感できるし、人の複雑で揺れ動く定められない感情の描き方がイーストウッド監督は本当にいつも上手で天才だと思う。
イーストウッドの演技も素晴らしくて、ロバートは何にも固執せず自由なようでも、最初は、フランチェスカに対して、退屈して窮屈なんでしょう?とさも聞いて言わせたそうなロバートで、フランチェスカとの関係性にフランチェスカ側の理由を持たせたい感じもしたが、最後にはフランチェスカについてくるかどうかの選択を強制せず、相手の事情を考慮して、出た答えを受け入れる覚悟でいるところも、単純に人妻に手を出す浅はかなアウトロー人とは感じさせず、深みのある良い人だと思わせる。
薄くなった毛を雨晒しにしてでもトラックの外で待っていた時、夫と乗り込むフランチェスカを見て、どんな気持ちになっただろう?
惨めな気持ちもしただろう。
それでもそれよりも大きく、一緒にフランチェスカを連れていかれるかとは関係なく、ただただフランチェスカとの確信を感じているのも演技から伝わってくる。
メリル・ストリープも、主婦としての、家族がいる幸せを感じながらも滲み出る平凡な生活感と、女性としての、中年でも無理せず自然に出る色気、行きずりではなくロバートを女性としても人間としても真剣に好きになったからこその怒りをロバートにぶつけるところなど、仕草をはっきりと演じ分けつつ、今までの人生から得た「立場」があるから迷ってるけれど迷いでさえも「どれも本当の気持ち」というのが伝わってくる。演技が本当に本当に上手で大好きな女優さん。
人の気持ちは移ろうもので出会った時の温度も永遠ではないし、誰かを好きだ嫌いだと割り切れるものでもないし、感謝すべき当たり前な日常に気持ちが入らない時があるのもごく自然な事で、誰かに好感を抱く時って、性別や年齢や配偶者がいるかや、そういった立場を凌駕して起こるものだと思う。そしてその好感が人間としてか友人としてか男女としてかも、境目はかなり曖昧だと思う。
でも、その自然な気持ちを、周りを傷つけないため、死ぬまで心の中にしまっておいたフランチェスカは充分に配慮があると思うし、死後、自らが経験した、立場によらず人を愛した感情を子供たちに伝え、幸せになることに全てを尽くしなさい、と言葉を遺すのはとても美しい。
驚きと少しの軽蔑とショックから入った子供達も、母親が実際に経験した境遇だからこそ受け止めることができ、自らの配偶者の置かれた境遇も思いやれるようになったり、家族との向き合い方を考え直したり、心に素直になれる様子も見ていて良かったし私も同じ気持ちになった。
それがたとえ世間から見て良いとは言い切れないものだったとしても、1人の人が生きた生涯の経験や気持ちはとても美しく引き込まれる「真実」で、同じ人間だからこそ誰かの人生を知ると響くものがある。
それは、誰かのため、や、正しいから、選んだものではなく、その人の気持ちが詰まっているからこそ。
人生って実は究極に自由で、行動には立場や制限があったとしても、心が想う愛する寄り添うのは無限で自由。
そして、たとえ一緒に過ごせなかったとしても、惜しまず想えばよいしそれは必ず伝わるし、もしも一緒に過ごせる立場や環境や関係性なら、惜しまず思い切り態度に出して想えば良い。それを教えてくれた作品。
「これは生涯に一度の確かな愛だ。」
クリントイーストウッド、メリルストリープ主演。
「古き夜と遠い音楽に乾杯。」
「これは生涯に一度の確かな愛だ。」
いい言葉だ。こんな不倫ならしてみたいと思った。けど、配偶者がいて、まして子供もいるにも関わらず、40歳を過ぎてから本当の愛に目覚めてしまったとしたらきっと尋常じゃないくらい辛いんだろうな。失うもの多過ぎ。大雨の中でせっかく再会したのに、結局結ばれずに別れる2人のシーンは涙が止まらなかった。ドアに手を掛けて、そのままロバートのもとに行くことだって出来たのに。
それにしても、クリントイーストウッドはどうも苦手だ。俳優として苦手なのかな。ミリオンダラーベイビーとグラントリノのイメージが強過ぎて、気難しい役柄の印象が強い、というか、映画の世界観そのものは好きなのに、絶対にハッピーエンドにならないんだろうなって、なんとなくわかってしまう感じが苦手なのかもしれない。
メイキングでメリルストリープが言っていた、「観客は物語を感じたいのであって、説明されたくはない。感じ取り、解釈する。」という言葉に共感。
良い映画を観れた。久々に号泣しました。
よかった
もしや、イーストウッドがメリル・ストリープと自分がいちゃつきたくてこの映画を企画して監督、主演までしていたらと思うととても気持ちが悪い。しかし、二人の醸し出す時間と空気が濃厚で見入らされる。やたらと蠅が飛んでいるのがポイントだ。そして、中年が盛ってんじゃねえよ気持ち悪いと思いつつもけっこうおもしろかった。
美しい大人の恋
公開当時、私はまだ若く、中年男女の不倫映画がそんなに流行るなんて不思議だな、くらいの印象しか持てなかった。
日本の中年男女の不倫映画と言えば失楽園だったので、こちらよりかなり肉感的で、それもあって余計に深い意味などないのかと考えてしまっていた。
歳と経験を重ね、気持ちだけでは叶わない恋や愛があることも知り、それとは別の温かな愛があることも知った今だからこそ、この映画に心打たれた大人たちの気持ちが、ようやく分かるようになった。
ロバートは、きっと無意識に、家庭を壊すリスクや愛の終わりを冷静に考えて踏み止まれる彼女の理性や知性と、人に対する愛の深さを感じて、フランチェスカを愛してしまったんだろうと思う。
フランチェスカもまた、雨の降りしきる中、強引に車に声を掛けに来ない彼の想像力と豊かな優しさと包容力を感じて、彼に惹かれたんだろう。
2人はああいう形でしか出会えず、ああいう形でしか愛しあえなかったのだろうと感じた。
そして子供達も、家族を捨てて男に走るような女でなかった母親だからこそ、父親以外への愛情を理解する事が出来たんだと。
彼等がそれぞれのパートナーと、愛情深い日々を送っていけるキッカケにもなったようで。
映画が始まってスグの兄嫁の「ワクワクするわね」発言の不謹慎さも、終わり頃のキスシーンでチャラだ。
素晴らしい大人の作品でした。
号泣しました。
初めて観た時は二十代でした。妻子ある男性に好意を持って居たので映画館で号泣した事を覚えてます。単なる不倫を美化した作品だと言う方も居ると思うけど、私は本物の愛だと感じました。感じています。メリルストリープの演技もクリントイーストウッドの演技も素晴らしかったと思います。泣きすぎて映画館を出るのが恥ずかしかった事を思い出します。
どうしようもない女のサガ
どうしてこんなにも複雑な思いの交錯があるのか。
なぜ不満のない環境に不満があるのか。
どうしてこんなにも特定の人物に惹かれてしまうのか。
なぜ人の愛は近くにいると薄れてしまうのか。
どうしようもない女のサガがよく表れている。
メリルストリープもクリントイーストウッドも程よい中年の艶めく雰囲気も◎
誰しも一度は抱く、自分を満たしてくれる誰か、好きになってはいけないのにもかかわらず抑えきれない、自分が求めてしかない人という設定がとても効いている。
色褪せない作品
これほど切なく、美しいラブストーリーはないと言っていいぐらい素晴らしい作品だと思います。
終盤シーン。夫の元を離れ、魅力に満ち溢れたカメラマンと一緒にかけおちするかどうか寸前で心揺れるメリルストリープの演技は今も心に焼きついています。
熟年、老年に差し掛かった、男女の濃密な、誰にも語ることはできない、秘密の愛。しかし、そんな出逢いができた彼女は幸せだったと思います。
最初に
観たのはまだ若い頃でおじさんおばさんがダンスしたりお風呂まで入っちゃうちょっと気持ち悪いラブストーリーだったが、しばらく後に見返したら、まー泣いた泣いた。メリルストリープがまた上手い演技なんだわ。夫と子供の世話に明け暮れての久しぶりの恋に目覚めて髪を整えたり服を選んだり。普通の生活のちょっとしたドアの開け閉めなどもリアルで妙に共感出来た。けどたった4日間だからこそ永遠の愛になったのだろうという事もわかってしまう。劇中でもあったがもし家族を捨てて彼に付いて行ってしまったら後悔を彼のせいにしてしまうだろう。付いて行かなかったからこそ永遠の愛になれたんじゃないか。恋人が結婚すると家族に変わるって事。最高の短期間だから永遠に想い続けられた。そんな彼に出会えた彼女は幸せな人生だったと思う。手紙を読んでいく子供達の変化やその演出も素晴らしい。旦那さんの亡くなる時も泣けたし。傑作。
どういう選択をするかが、人生よ
映画「マディソン郡の橋」(クリント・イーストウッド監督)から。
切ない大人のラブストーリー、という人がいる。
どうみても、自分たちの不倫を正当化している、という人もいた。
なるほど・・いろいろな見方があるものだと、苦笑した。
ふたりが出会い、そして別れるまで、いくつかの選択があり、
そのたびに、彼と彼女は自分の判断で物語は流れていく。
後半、彼と駆け落ちをして、平凡な生活から逃げだそうとするが、
「やっぱり、正しくないことだわ」と断念、「誰に?」の問いに
「家族みんなに」と答え「街の噂に殺されるわ」という判断が
とても冷静だな、と驚いた。
そして「どういう選択をするかが、人生よ」と呟く。
そう、人生は選択の連続であり、誰のせいでもなく、
すべて自分で選択した結果、という想いが伝わってくる。
さらに「子どもたちが前進できるよう、母親は立ち止まって見守る。
子どもは、やがて巣立っていって、さていよいよ自分の人生を
歩もうとしても、歩き方を忘れてしまっている」というフレーズに、
50代女性の焦りが表現されていた気がする。
見るたびに、気になる一言が違う、面白い作品であった。
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