「羊の絵を書いて」星の王子さま きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
羊の絵を書いて
内藤濯の翻訳で持っていたこの本。
岩波書店の愛蔵版。
読んでいた方は多いだろう。
僕もそのひとりだ。
不思議な印象と、長い余韻を残すこの原作は、きっと誰しもの心に、王子と飛行士の対話の物語 (ソクラテスディアロゴス)として、
そして王子の旅の記録 (ルポルタージュ)として
子供の頃から今に至るまで、ずっと心象の海に、空に、そして砂漠の砂原に、航跡を引いていたはずだ。
映画化されて、それがアメリカ産のミュージカルになったのだと聞いてはいたが、僕は、原本の貴さのゆえに その類には近づかないようにしていた。
しかし禁を破ったのには理由がある。
ずっと引きこもりをしていた同僚の娘さんの事。手紙や小さなプレゼントのやり取りはしていたのだけれど、
一度も自分の名前は明かしてくれなかった彼女との往復書簡も、
僕の定年退職と帰郷で終止符を打つことになったから。
サヨナラの手紙に「星の王子さま」を添えたのだ。
外に出られない彼女に、この風変わりな物語のプレゼントは果たして大丈夫だろうか・・。それをこの映画でも確かめておく必要もあったのだ。
迷ったあげく、内藤濯ではなくドリアン助川の新しい訳本を選んで
決心して送った。
あと数十年を、この本があの娘を守ってくれるようにと祈っている。
・ ・
宮崎駿は
天空の城ラピュタの主題歌「君をのせて」において、王子の星の「あの花」を思わせる一節があるし、
フランスの飛行機乗りの物語「紅の豚」も、パイロットだったサンテグジュペリへのオマージュだろう。
ゲランには夜間飛行という香水もある。
壊したくない、はかなくもろい自分のナイーヴ感覚を
今もなお、風覆いをかけて、この地球のあちらこちらでそうやってそぉっと守っている大人たちがいる。
ミュージカル化に挑んだ本作の映画人たちの、柔らかい魂のことも想った。
・ ・
僕も星を出て、星のあいだを惑いながら泳ぐ旅人だ。
帰る当てもなく、砂漠に独り居る自分を感じたなら、
あなたも愛蔵版を、そしてこの映画を、手を伸ばしてもう一度味わうのも良いと思う。
毒は薄められているけれど、原作を知っているなら問題ない。
今さらだがやっとわかった。
大人のための、大人の童話だった。