「“our” が言えなかった男の悲劇 ハードボイルド•テクノクラートの行き着く先」ボイジャー Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
“our” が言えなかった男の悲劇 ハードボイルド•テクノクラートの行き着く先
我々ヒトの学名は「ホモ・サピエンス」なのですが、人間をどう定義するかについてはこれまでいろいろと試みられてきたみたいです。
ホモ・サピエンス 英智人 (by リンネ)
ホモ・フェノメノン 現象人 (by カント)
ホモ・ヌーメノン 本体人 (by カント)
ホモ・ファーベル 工作人 (by ベルクソン)
ホモ・ルーデンス 遊戯人 (by ホイジンガ)
ホモ・パティエンス 苦悩人 (by フランクル)
とまあ、人間を人間たらしめているのは何であるかについて、上記 by の後ろに記した偉い先生方がいろいろと考察されているようです。と、いきなり衒学的な振る舞いに出て申し訳ありません。ただのネット検索からの引用で引用した本人も何のことやらさっぱりわかりません。ただ、ホモ•ルーデンスというのはその昔、学生時代に、遊ぶことで人間は進化したのだという人間観が面白くて少しだけかじったことがあります(苦悩することが人間の本質だ、なんてのよりは面白そうですよね)。
で、本題。この映画の原作になってる小説は "Homo Faber” といってスイスのマックス•フリッシュという作家が書いたものらしいです(邦訳は出てないでしょうね、たぶん。映画通りの筋書きだとすると、小説で読むと偶然に次ぐ偶然の連続でなんじゃこりゃとなりそう)。で、上記のホモ・ファーベルに話が戻るわけです。フランスの哲学者アンリ•ベルクソンは人間を「道具を作り、それを活用する」存在として捉え、創造的な活動こそ人間の本質だとしたそうです。ここでいよいよサム•シェパード演じる この物語の主人公ウォルター•フェイバー(フェイバーは上記のファーベルの英語読みでしょうね、たぶん)の登場です。彼は50代の独身男でユネスコの技術員として世界各地を旅して回っています(なんか土木系の技術者のようで世界各地のダム建設に係わってるような感じ)。趣味は動画撮影。時代設定は1950年代後半ですが、恐らくは当時の最新機であろうカメラを携え、折にふれ、フィルムを回しています。彼の信奉するものは科学技術で、芸術や人文科学系の話には興味を示しません。文字通りのホモ・ファーベルで近代合理主義の権化といった感じです。この主人公がやたらとカッコいいんです。’50年代が舞台ですので男性は帽子をかぶっていることが多いのですが、それがよく似合ってます。冷静沈着、クールでハードボイルド風。本作での最初の旅は南米ベネズエラへ飛ぶのですが、飛行機のエンジントラブルで砂漠に不時着。ちょっとした冒険活劇になっていて、私立探偵フィリップ・マーロウがインディアナ•ジョーンズの真似事をしているような風情がありました。
でも、メインはラブ•ストーリー。彼はニューヨークからパリに向かうのに大西洋航路の客船を利用するのですが、そこでこの物語のファム•ファタルとも言うべきエリザベス(演: ジュリー•デルピー)と出会います。ファム•ファタルというには少し若いでしょうか。はたちぐらいですね。やがて二人は恋に落ち、物語の舞台はフランスからイタリアへ、そして、ギリシャへ……
主人公のウォルター•フェイバーはやはり科学技術の人だったようで、人の気持ちに寄り添うのは苦手で若い頃にある人との会話で our と言うべきところで your と言ってしまうんです。それが巡り巡って……
フォルカー•シュレンドルフ監督に関しては「ご高名はかねてから伺っております」レベルで本作が初見でした。本作は1991年の作品ですが、全篇にわたって「好ましい古めかしさ」ようなものが溢れている感じで好印象を持ちました。
最後に蛇足。ホモ・……で人間を定義するというのは居酒屋での酒の肴になりそうなぐらいには面白いと思いましたのでひとつ作ってみました。
ホモ・ギャンブラー 賭博人 (by Freddie)
幸い私はギャンブル全般は卒業してまったくしませんが、たとえそうであっても人生って賭けの連続だと思いませんか。そもそも進化の過程で、樹上生活していたサルが地上に降り立ち、直立歩行に至るまでだけでも、賭けの連続だったような……