プロビデンスのレビュー・感想・評価
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老獪な作家の妄想で見せるユニークな家族劇
アラン・レネが「薔薇のスタビスキー」から3年目、以前の「ミュリエル」「戦争は終わった」の頃の作風を見せてくれる期待作である。レネ監督には、代表作「去年マリエンバートで」で経験する、ある意味で独善的な映像編集が許せるところの、現実と意識の交錯が美意識の高みで崩壊する劇的さがあった。「戦争は終わった」はその最も見事な感動的な映画作品であると思う。「ミュリエル」は、現在の行為から過去を想像させる日常をオペラ風な悲劇に昇華した迫真性あるドラマで、想像力と感性を刺激した。そこで今作なのだが、題名が”神の摂理”と訳されるだけあって、神と人間、生と死に関する人間の欲をカルカチュアした毒性にやられてしまったという気がする。何といっても、ジョン・ギールグッド扮するクライブ・ランガムという老作家の78歳の誕生日前夜に見る夢が不気味で陰気で、どう見ても心地良くないのだ。ただ辛辣な人間風刺ではなく、どこか底意地の悪さを持った老獪な作家の人間としての可笑しさをユーモラスに描いている。これに比べれば、ルイス・ブニュエルの「自由の幻想」が可愛らしく思えるから不思議だ。また、老人の人生回顧の視点ではイングマル・ベルイマンの「野いちご」と対照的な演出タッチを持つ。
先ず序奏の狼男のコミカルな事件が意表を突く面白さ。この隠者を安楽死させて、クロードとケビンの二人の男が登場する。ここにクロードの妻ソニアが加わり、三角関係の愛憎劇が始まる。しかもその成り行きを操るのが、”プロビデンス”の館で病魔に苦しむクライブの妄想なのだ。ここでは老作家の執拗なまでの欲と感情の葛藤がカットバックされて描かれる。その台詞の大胆な吐息がまた凄い。そして、ドラマとは無関係と思われるサッカー選手が突然現れたりで、遊び心のある演出がレネ監督の新境地を窺わせる。終幕は、現実の朝を迎え、幸福な家族の食卓に招待されるが、ここでの360度回転のパン撮影の開放感。最後まで油断できない家族劇にまんまと付き合わされる映画のとても変わった作品だった。レネの演出と共に、「ベンハー」などの作曲家ミクロス・ロージャの音楽が素晴らしいのにビックリした。古典的で重量感のある音楽が、レネの描く世界観と絶妙にマッチしていて、ここ最近では最も優れた映画音楽であると思う。
1979年 7月4日 岩波ホール
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