「謎解きとブラックユーモアがもたらす風変わりなヒッチコック映画の良心作」ハリーの災難 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
謎解きとブラックユーモアがもたらす風変わりなヒッチコック映画の良心作
グレース・ケリーが連続出演した「ダイヤルMを廻せ」「裏窓」「泥棒成金」の次に制作され、ヒッチコック作品にしてはサスペンスやスリラーの題材からは打って変わって、長閑な田舎町を舞台にしたブラックユーモアが特徴の風変わりな作品。アメリカ北西部のカナダ国境にあるバーモント州クラフツベリーの美しい紅葉風景とそこに住む質素な生活を送る人々の自然と人間が調和したような静穏な場所で事件が起こる。それも一体の遺体が物言わぬキーパーソンとなり、この人間に関わった人たちが複雑に絡んで物語を進めていって、最後は幸運がやって来ます。誰に殺されたのか、何故死んだのかのミステリーの謎解きを最後のクライマックスまで引っ張るまでの人間模様の可笑しさと、その死因解明が為される場面のスリリングな演出の巧さが光ります。ヒッチコック監督の幅広く豊かな才能を改めて実感できて、微笑ましく観終えることが出来る良心作でもありました。
主要登場人物9人が入れ代わり立ち代わり丘と各家に現れて、各自の事情からハリーの死体を何度も埋めたり掘り起こしたりするのが可笑しいのだが、妻ジェニファーの家で最終判断されるまでの伏線となる小道具の扱いも面白い。アーニー少年が見つけたウサギがサムのカエルと取り替えられ、それでもウサギを借りたアーニーはアイビーの手作りのマフィン2個と交換する。居合わせたアルバート元船長が、それで自分が撃った3発目の銃弾を知る流れ。そのアルバートを持て成すアイビーは彼の為にカップ&ソーサーを購入していて、女性一人の寂しい生活が長かったことが解る。殺人の身代わりになってくれるアルバートに心とは裏腹に毒舌を吐くところも、男性慣れしていない証拠です。ホームレスの男は革靴を盗んでいくが、それが保安官代理のカルヴィンの手に渡り殺人事件に気付かれる。事件が殆ど無く報酬が歩合制から、嗅覚が鋭い設定も可笑しいです。売れない画家サムは、偶然遭遇した死体の似顔絵をスケッチしてしまう。いくら画家とは言え見知らぬ死体を作品にするのは変人だし、そもそも美しい自然が見渡す限りの絶景に住んでいながら、風景画を描かず素人が理解不能の前衛作品ばかりでは売れないに決まっている。この似顔絵をホームレスに見せて、死体があった事実に至るカルヴィンの鋭さ。アルバートは、元船長と言いつつも何処か臆病なところを見せて、人柄はいいのだが気は小さい。最後大海原を航海する船長ではなくタグボートしか操縦してなかったことを告白するところがいい。皆が彼の正直さを認めてくれるまで親しくなったと思えたからだろう。このたった一日の出来事で、交友が薄かった人たちが親密になっていくストーリー。サムとジェニファーは婚約し、アルバートとアイビーも会話が楽しめる熟年カップルになりそうなのだ。結果論からすれば、アーニーが発見した時直ぐに保安官代理のカルヴィンに通報していれば良かったし、穴掘りで丘に何往復もする必要も無かった。でも、この不安と秘密を共有することで人間関係にもたらす効果は決して小さくない。
サムとジェニファーの入籍手続きを急ぐために、ハリーの遺体を彼女に家に運んで土中に埋めた痕跡を無くす場面が素晴らしい。サムはクローゼットのドアに寄り掛かり、カルヴィンは似顔絵を持ってサムに問い詰める。もしかしてハリーが中に入っているのかと思わせる演出の悪戯です。加筆してカルヴィンを怒らせるサムが安堵した瞬間ドアが開き音が鳴り、帰りかけたカルヴィンが戻ってきて、浴室が見えるショットの構図の見事さ。ハリーの足だけが浴槽から出ているも、アーニーの声に反応して見下ろすカルヴィンの視線からは中は見えない。慌ててドアを閉めるジェニファーで一安心も、そこにグリーンボー医師が登場。クローゼットのドアがよく開いてしまう事や、ハリーの顔より足を強調して扱ってきたことの効果が効いています。そして、アルバートの機転を利かせた皮靴の奪還成功でハリーを元の場所にそのまま戻せるというオチでした。これによって被害者はカルヴィンとアーニー君のふたりになります。
20歳のシャーリー・マクレーンが初々しい。子持ちの母役で、子供が6歳ぐらい。この時のアメリカでの高評価は日本にも届いていたようで、双葉十三郎氏の評論でも触れられています。5年後の「アパートの鍵貸します」と同じく、実年齢より大人の演技ができた新人扱いは、実力が認められていたからでしょう。ヒッチコック監督に選ばれただけのことはあります。「三十四丁目の奇蹟」のエドマンド・グウェンは、この時77歳で何とも言えない存在感と味のある演技。あとジョン・フォーサイスとミルドレッド・ナトウイックも手堅い演技で、この主演4人のカルテットの演技は親しみの持てる響きを持っている。初めてヒッチコック作品に音楽を付けたバーナード・ハーマンのユーモアのある軽妙な音楽と、ロバート・バークスの技巧を敢えてひけらかさないオーソドックスなカメラワークも落ち着いていて、其々にいい。