「求められる知識が広すぎるが…(補足入れてます)。」π パイ yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)
求められる知識が広すぎるが…(補足入れてます)。
今年113本目(合計1,205本目/今月(2024年3月度)31本目)。
(前の作品 「12日の殺人」、次の作品「四月になれば彼女は」)
私、行政書士の資格持ちで日本映画を中心に法律的に気になる描写ほかは突っ込むので、法学部かそれに準じるところを出ているかと思われるかもしれませんが、数学科(同大学院)卒です。
…といったことはさておき。
まぁマニアックな作品を復刻上映したなぁ…という印象です。復刻上映の日は3月14日で、日本ではだいたい慣習として映画館のスケジュールは金曜日始まりの木曜日終わりで組んでいるところが多いですが(ミニシアター中心に土曜日始まりの金曜日終わりもある)、木曜公開のこの映画がそうであるのは、3/14が「円周率の日」であることはまぁわかります。
リマスターといってもモノクロ映画だし、製作当時や映画で示される時代背景(あのパソコンからすると戦後間もないころ?)ほかも現在と一部違うところはありますが、円周率πをめぐって主人公がいろいろ思考を巡らせたり、株価と関係があるんじゃないかとかと考えたりという、なかなか数学科卒というかそうした属性をくすぐるタイプの映画です。
ただ、それと裏腹に、字幕内では「フィボナッチ数列」程度の字幕しか出ませんが、裏側ではカオス理論の先駆けや偏微分方程式論の初歩の理論なども登場し(表立っては出ないが、気が付く人はいる)、なかなかマニアックというかカオスな映画です。かなり理解が難しいのでは…と思います。ほか、ユダヤ人の祖国であるイスラエルのヘブライ文字に関すること(このことは多少関係があるので後述)など無関係なことも出ますが、たいていは数学ネタに落ち着きます。ただ、一部を除いてそれらが数学ネタに落ち着くというのは学部レベルの数学を知っていないとまず無理ではないかといったところです。
日本では本映画がVODで見られるかどうかは不明ですが(探した限りではなかった。ただ、DVDにせよビデオカセットにせよ持っている人はいる?)、いわゆる配信サービスほかで見ることが想定できるのであまりあれこれ書かずさっそく採点入りましょうか。
採点としては明確に以下が気になったところです。
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(減点0.2/「整数論を専攻している」)
ここでいう「整数論」の「整数」は、普通にいう意味ではなく、数をより抽象化した意味での抽象代数学のひとつ、「数論」のことです(原作の英語版は number theory になっていると思われます。それを翻訳するときに気を付けないとこうなる)。
※ ただし、数論で提示される問題の多くは、「初等整数論」(普通に「整数論」といった場合はこれを指す)で「意味だけは分かる」ケースが大半で、そのきわめて代表的な例が、フェルマーの最終定理(当時)でした。中学3年の三平方の定理からちょっと応用すれば中学数学程度でも理解ができるのに対し、最終的に定理が証明されたときには初等整数論をはるかにこえ、現代代数学、数論ほかの最先端の知識が駆使されています。
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(減点なし/参考/ラストで公園にいる女の子が 748÷238 の暗算を求めるシーン)
これは、外国では普通にVOD配信が普通なので、このシーンが何を意味するかは、このサイトのような映画の評価サイトでは質問が多く実際に見られますが、これはその値の円周率の値の近似値になるもの( 3.1428…) を示唆しています(正確な値は 3.1415…)。
(減点なし/参考/ヘブライ語のアルファベットと集合のお話)
たとえば、0から9までの1桁の数の集合といえば、10個の要素を持ちます。AからZまでの大文字アルファベットの集合といえば26個の要素を持ちます。つまり、それぞれの集合を考えると、後者のほうが「大きい集合」になります。しかし、「数全体の集合」のように無限集合を考えると、「数えようがない」ので「大きい小さい」を考えることができません。
そこで、上記の「大きい小さい」という概念は、さらに拡張されて「濃度」という概念に拡張されます(学部2年程度)。実数全体の集合の濃度を「アレフ」といいますが、この「アレフ」は映画内でも出るように、ヘブライ語の最初の文字です(英語の「A」に相当)。
そして、0,1,2…と数えられる自然数全体の集合の濃度を「アレフ0」といいますが、その濃度の濃さを考えると、実数集合のほうが「濃い濃度である」ことがわかります(学部2年程度)。このように数学の一部の分野とヘブライ語という「一見何の関連もない分野」は実はかぶりがあり、映画内でちらっと出てくるヘブライ語のアルファベットの話も、最終的にはこの話を裏でこっそりしているわけです。
(※) 自然数全体の集合の濃度を「アレフ0」といいますが(上述)、その濃度よりも「より濃い」濃度である「アレフ」(実数全体の集合の濃度)が、実は「アレフ1」で、「アレフ0とアレフ1の間にある濃度は他にはないのでは?」という考えもあります。これを「連続体仮説」といい、現在の数学の公理系では、「正しいとも正しくないとも証明ができない」(←何らかの新しい仮定を置かないと真偽が確定しない)ことが知られています。