劇場公開日 2022年4月23日

「レトロな書き割り的ベル・エポック・ワールドでくり広げられる、子供VS海賊の大活劇!」盗まれた飛行船 じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5レトロな書き割り的ベル・エポック・ワールドでくり広げられる、子供VS海賊の大活劇!

2022年5月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

新宿K’sシネマのカレル・ゼマン特集上映、ついに10本目。母ちゃん、俺完走したよ!
(ちょっと中盤寝落ちしちゃったけど……すいません!)
最後の一本は、『悪魔の発明』と同工異曲の「書き割りによるレトロでブッキッシュな世界観」と、『前世紀探検』と同種の「少年たちによる冒険」要素と、『狂気のクロニクル』で顕著だった「サイレント映画へのオマージュ感たっぷりのスラップスティック」という三つが合わせ技で愉しめる、一本で三度美味しいゼマン・ワールド総集編のような映画でした!

正直、展開のゆるさやたるさ、シーンのつながりの適当さといった部分は、他の作品同様感じないでもないし、とくに前半は飛行船で旅行って言っても、ただ「空を飛んでいるだけ」なので、場がまるでもたないという根源的な問題を抱えているのだが、中盤以降の島をめぐる少年たちと海賊の牧歌的な攻防あたりは、無声映画のドタバタ喜劇仕立てで『十五少年漂流記』でものんびり観ているようで、本当に楽しかった。

本作には、他のゼマン作品とは毛色の違うポイントがいくつかある。
まず、19世紀末のベル・エポック(パリが最も輝いていた時代)が孕んでいた、時代の熱気と進取の気性、市民社会の溢れかえるバイタリティを前面に押し出している点。
奇術ショーや飛行船ショーにわいわいと集まる客の、好奇心いっぱいで陽気で溌剌とした姿や、飛行船の興行師が逃げ出す際の暴徒によるえげつない投石シーンなど、本作にはゼマン映画では珍しいくらい「群衆」の活気ある描写が多い。
少年たちの冒険と同じくらいの比重で描かれる、「パリ」という街の喧騒。
パリ万博に象徴されるような、「すべてに夢と希望があった」時代のノリノリの気風が伝わってきて、いつの間にか観ているこちらまでわくわくさせられる。

それから、他作に突出して「空を飛ぶ」ことに対するロマンが表出されている点。
ゼマン作品では、『クラバート』のカラスに変化しての飛翔や、『シンドバッドの冒険』の空飛ぶ絨毯、『悪魔の発明』の気球、『ほら男爵の冒険』の砲弾と月ロケットなど、「飛行」についての夢想が頻繁にモチーフとされるが、本作はそこにまさに特化して、一本の映画が仕立てられた形だ。
映画的発想の中核を成す巨大飛行船はもちろんのこと、少年たちが手作りする鳥人間コンテストみたいな飛行機械や、記者たちが当たり前のように乗りこなしている「空飛ぶエアロバイク」みたいな乗り物など、本作には人間のもつ「飛行」へのあくなき憧憬がぎゅう詰めに詰め込まれている。
レトロな「人力飛行機」「飛行船」のモデルが空を闊歩する幻想的な光景は、決してベル・エポックの「空をめぐる現実」の再現ではない。それは、「そこからちょっと昔の時代に夢想された未来の光景の再現」という、少しひねくれたノスタルジックなSF表現に他ならない。そして、このロマンティシズムは、そのまま宮崎駿の一連の「飛翔」映画へとつながり、継承されてゆく。
あと個人的には、一時代を風靡したマジシャン、デイヴィッド・カッパーフィールドの伝説的アクト「フライング」の冒頭で流されるショートムーヴィーを思い出した。てか、カッパーフィールドは間違いなく『盗まれた飛行船』観てるよね……。

「子供たち」の要素と「ドタバタ」の要素が、思った以上に「うまい具合にしっくりきている」のも、本作の特徴だ。
「子供たちが力を合わせて大活躍する冒険映画」というジャンルは昔からあって、少し古めの作品だと『乱闘街』(タイトルで絶対損しているが、子供軍団が力を合わせてギャング団をやっつける痛快無比な少年探偵団映画。未見の方はぜひ)とか、『グーニーズ』とか、『スタンド・バイ・ミー』とか、いろいろあって、最終的には『ハリー・ポッター』へとたぶんつながっていくわけだが、とくに『グーニーズ』あたりの場合、製作総指揮のスピルバーグの脳裏に『盗まれた飛行船』と『前世紀探検』があったことは想像に難くない。
双子の少年が入れ替わりを見せる冒頭の登場シーンが終盤の天丼ギャグにつながっているのは実に気が利いているし、頭の弱い海賊どもを子供たちが奇計をめぐらせて返り討ちにするあたりは『ホーム・アローン』の原型でも観ているかのようだ。また、出てくる子供たちの演技がみんな普通に巧くてほっこりさせられる。

あと、なんといっても忘れられないのが潜水艦ノーチラス号と老残のネモ船長の登場!
『悪魔の発明』でも思ったが、ゼマンの中ではジュール・ヴェルヌ世界というのは全部「地続き」なんだなと。あと、老いてノーチラス号とともに「隠居」した船長が、次代を担う子供を助けて、さすらいの風来坊のように去っていく「関わり方」自体が実にかっこいい。
『悪魔の発明』『狂気のクロニクル』に続いて登場する、「おきゃんで能天気な囚われの姫君」のキャラクターにも癒される。ゼマン、こういう女性像がほんと好きだったんだろうなあ……。

というわけで、カレル・ゼマン特集上映、無事完走。
長編十本(と短編一本)を立て続けに観る機会を与えてくれたK’sシネマさんに心からの感謝を。
「書き割りによる実写とアニメの融合」という、歴史を切り開いた独特の特撮表現にとどまらず、ストップモーション、切り絵アニメといった多様な(今もほぼ全く古びた感じのしない)手法を使い分けながら展開されるオリジナリティの高い映像表現は、今の観客にとっても十分に刺激的であり、繰り返し鑑賞されるに値する。
何より「技巧のための技巧」に陥らず、「どういう客層に」「どういう世界観を伝えたいのか」で、手法を意図的に選択した結果が、多様な表現手段・メディアの幅につながっているのが素晴らしい。
内容的にも、庶民階級に属する子供たちへの温かい眼差しと、笑いにまぎれさせてストレートに反戦を訴えてくるあたり、まさに今観るべき作家だといえる。
実際、通った4日間、いつも客席は満席だった。
何かを伝えたくて企画した映画館主と、何かを期待していた観客の「心」が通じ合った結果だろう。ご同慶の至りである。

じゃい