劇場公開日 2025年8月1日

「いつまでも心に残る映画」冬冬(トントン)の夏休み 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0いつまでも心に残る映画

2025年8月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

時代は84年、台北の小学校で卒業式を終えたトントンとその幼い妹ティンティンは、母親が入院しているため、台北から110 kmあまり離れた銅鑼にある外祖父の家で、夏休みを過ごす。
一番印象深かったのは、二人の外祖父。銅鑼で診療所を営んでいる開業医、内科から妊娠の診断までをこなし、周囲からの信頼も厚い。この時代、台湾の家族は男系中心、家長が全てを仕切る社会構造と知れた。この祖父は、全ての決定を自ら下し、しかも結論だけを体で示すが、説明はしない。
男優位を示す情景として、暑い夏の日、トントンは近所の子供達と川遊びに出るが、裸になって川で泳ぐのは男の子のみ。女の子は見ることも許されない。これに怒ったのが、幼いティンティン、彼らの下着を川に投げ捨てる。これが新たな潮流のサインなのだろう。
この社会構造に、日本統治時代の影響が顕著に残っている。冒頭から、卒業式では、日本でも歌われなくなりつつあった「仰げば尊し」が聞こえる。祖父が仕切っている建物は日本風で、一階が診療所、2階が畳敷の寝室で、2階に上がる時、履き物を脱ぐ。
トントンの母親の弟(叔父)は、からきし頼りないが、トントンは優秀のようで、外祖父は目をかけており、王維の漢詩「独り異郷に在りて異客と為る」を暗誦させる。この時、手回しの蓄音機で、SPレコードを聴かせる。スッぺの「詩人と農夫」。
幾つかの事件が起きるが、叔父さんと知的障害の女性、ハンズがからむことが多い。ハンズは、悪い男に騙されて妊娠してしまう。一方で、仲間はずれのティンティンを危ういところで助ける。この女性は、街の皆に後ろ指刺される状態ではあるけれど、それでいて、あの権威的な外祖父を含めて、大事に見守っていることがわかる。
一方、頼りない叔父さんは、やはり可愛い彼女を妊娠させてしまい、その母親が、診療所に怒鳴り込んでくる。外祖父は、彼を家から追い出すが、彼が幼馴染の犯罪に絡んだ時には、ぎりぎりのところで救ってやる。外祖父は、知的障害の女性に託けて、最低限のことだけはしてやると、トントンに話す。
日本は、台湾統治時代、中国南部の伝統である男性優位の社会構造には手をつけず、西洋音楽を含む教育を中心に、台湾の近代化を図ったのではなかろうか。おそらく、鉄道や水道、医療体制の整備もしたのだろうけど。支配された台湾の人々は、強い反発心を抱きながら、心の内では感謝している部分もあり、それを象徴しているのが、この映画に出てきたあの手回しの蓄音機と、今は電化されている狭軌の鉄道ではないかと思った。最後に流れたのは、何と我々も馴染んでいる「赤とんぼ」だった。

詠み人知らず