「ポランスキーのセルフポートレート」テナント 恐怖を借りた男 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
ポランスキーのセルフポートレート
ロマン・ポランスキーが自ら主演して撮ったサイコ・サスペンス。イザベル・アジャーニを脇役にして、自分が主役を務める映画をとるなど、やはりこの人、ただの神経の持ち主ではない。
アジャーニはしかも眼鏡をかけている前半はぶさいくな女。彼女の美しさに邪な期待を抱いていた観客にとっては期待外れとなるだろう。
しかし、ポランスキーののちの作品を観た者にとっては、この映画作家の反復を認めることができる興味深い作品だ。
たとえば、エッフェル塔の見えるセーヌ河畔のショットがこの作品中何度か現れるが、このロケーションはエマニュエル・セニエが凶弾に斃れる「フランティック」の最後のシークエンスでも使われている。
また、ポランスキーが死んだ女の服を着て化粧を施した姿は、「毛皮のヴィーナス」のマチュー・アマルリックそのものである。似ているのだ、若かりし日のこのポランスキーとアマルリックの容貌が。
そもそも、この3本の作品ともに、謎めいた女(この「テナント」では全く謎の女である。)に引き寄せられる、自分が何者なのかがよく分からない状態の男の話ではないか。
「テナント」では、自殺した前の入居者への興味と模倣への欲望が主人公を死へと向かわせる。「フランティック」では、ハリソン・フォード演じる主人公のアメリカ人医師が、パリでパスポートと妻を失くす。「毛皮のヴィーナス」では舞台女優のオーディションをしているはずの演出家が、いつの間にかその品定めの対象となるはずの志望者に「演出」をされるのだ。
このように、これら3つのポランスキー作品では、謎の美女に翻弄され、アイデンティティを見失う男たちが描かれている。この「テナント」の主人公自身がそうであるように、これはポーランド出身でありながらフランス国籍を取り、さらにはアメリカで映画を撮っているポランスキー自身の姿なのであろう。