劇場公開日 2022年11月3日

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「ラスト。希望が見えてくる。」独裁者 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ラスト。希望が見えてくる。

2023年10月22日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

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『モダンタイムス』でもそうであったが、悲惨な、苦しい状況の中でも、おかしみや、小さな幸せを見つけられる人。

強烈な批判も、なんてエレガントに表現するのだろう。
つい、声高に主張してしまう自分が恥ずかしくなる。
声高に主張するなんて、ヒンケルと同じじゃないか。
ラストの床屋の演説が心に染み渡ること。
 尤も、皆がこの言葉を実践すれば、世界は平和になるはずなのに、やはり人間の心の中には、ヒンケルやナパローニ、ガービッチ、へリングみたいな部分もあるんだなとこの映画を観るたびに思う。

チャップリン氏初の全編トーキー映画。
 よほど、この映画で、自分の言葉で、伝えたかったのだという人もいる。

だからと言って、台詞の押収ではない。
 戦場でのパフォーマンス。
 CGもない頃、どう撮ったのだろうと不思議な飛行のシークエンス。
 一見でたらめなヒンケルの演説。顔芸、手の動きを始めとする動作、小ネタで見せる。そして音のマジック。まったくのでたらめではなくて英語をドイツ語読みしたとか、意味のない単語の羅列だとかという解説もある。それが本当なら、なんという天才なのだろうか。そんな台詞がわからなくとも、リズム・強弱それだけで、こんなに印象的なものになるのだ。『モダンタイムズ』で初めて披露したパフォーマンスも、スキャットのような音の羅列だったが、あちらはかわいらしくて、いつまでも聞いていたくなる。こちらのヒンケルの演説の、語気の強さ、メリハリ、破裂音の頻回使用等に、誇張された表情・動き、そして観客の動きで、猛々しく、でもリズムが良いので、つい身を乗り出して聞きそうになる。しかも、即時通訳が逐語訳ではなく、演説の要約というのも、見事なパロディ。「あなた、大したことを言っていないよ」と突き付けている。ここだけでも、ヒトラーから暗殺されても仕方がないと思うほど、ハラハラ。
 総統の多忙さ・自己顕示欲を台詞でなんか説明しない。シーンで説明して見せてくれる。
 風船の地球儀。『2001年宇宙の旅』にも匹敵する。うっとり優雅なれど、そのシーンの意味に驚愕させられる。そこに使われる音楽。『2001年宇宙の旅』の方が、この映画より後だから、影響を受けたのだろうか。地球の上下がグルグルしない工夫も素晴らしい。
 そしてハンガリー舞曲に合わせた床屋のシーン。
 ナパローニと競い合う床屋のシーンや、カーテンのぼり、上述の風船地球儀等、空間を存分に使う。
 極上のパントマイムを基本とした極上のパフォーマンスを見せてくれる。

突っ込みどころはないわけではない。
 末端兵士は、ヒンケルの顔を知らなかったのか?
 シュルツは判っていたはずなのに…?

とはいうものの、その設定を活かしたラスト演説は白眉。
 二役だが、演説スタイル・日常生活の立ち振る舞いは全く違う。目に宿すものも違う。
 床屋の演説。勿論、話している言葉にも心を揺さぶられる。それだけではない。はじめは伏し目がちで弱弱しいまなざしが、だんだんと強く光ってくる。真正面に観客をとらえ語りかけてくる。

ナチスの組織的虐殺の事実はまだ、チャップリンは知らなかったという。
とはいえ、各地に潜ませているナチス協力者・信奉者に殺される可能性だってあるだろう。
だが、私財を賭けても撮りたかった映画。

と同時に、コメディこそ社会を映し出すことができる最高の手段と証明している作品の一つ。
いつまでも色あせない名作だと思う。

とみいじょん