「制作当時のキリスト教信仰を理解するにはいい映画」聖衣 大井啓太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
制作当時のキリスト教信仰を理解するにはいい映画
キリスト教プロテスタント教会の牧師の視点で解説させていただきます。
あらすじは、最初は否定していたが、不思議な体験を通して、回心し
最後には殉教の道を選ぶという、信仰を題材とした映画であればオーソドックスなもの。
最後には、天国に続く道を歩むかのような描写に、キリスト教信仰の色が濃かった
当時であれば、「あー、どんなに苦難が待ち受けていようと信仰を貫き通すことが
大事なんだ」と思えたことでしょう。これはこれで大切な感想です。私も婚約者のダイアナが
主人公と同じ国に参りますと、皇帝に言い放ち、主人公と歩む姿に胸が熱くなりました。
ただ、キリストが身に着けていた物に、不思議な力が宿ることはありません。聖遺物などと
いわれますが、それはあくまで信仰者が神やキリストを身近に感じる契機にすぎません。
ですから、「聖衣」という題名が果たしていいのか?という気がします。まあ、この衣が一人の
人生を変えたという意味では、ただの布切れではなくなっているのですが。
(この映画はフィクションです。念のため。)
また、この良き時代のアメリカでも、黒人差別は横行しており、「あなたの隣人を愛せよ」という
キリスト教最大の教えを、白人信仰者はどのように理解していたのだろうかという疑問がわきます。
良い映画というのは、やはり見た人の人生に何かしらの足跡を残すものでしょう。
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