劇場公開日 1950年6月20日

スペードの女王のレビュー・感想・評価

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3.0老伯爵夫人の顔が怖い! 野心家の士官の無謀な「賭け」を描く、プーシキン原作の幻想譚

2021年9月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

チャイコフスキーによるオペラ化で名高い、プーシキンの代表的短編(1834)を、比較的原作に忠実に映画化。製作国はイギリスなので、全編英語のモノクロ映画である。
打算的で上昇志向の強い平民出の主人公という意味では、『赤と黒』(1830)を引き継ぐ内容だが、終盤に幻想的な怪異譚に帰着するのがロシアらしいといえば、ロシアらしい。この主人公像は、ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフにも大きな影響を与えたとされる。

ストーリーは概ね原作をなぞって展開するが、最後の賭けのシーンが原作では三日に分かれるところを、ひと続きの勝負にしている(オペラと同じ)など、当時すでに存在した戯曲版やオペラ版における改変をうまく受容している箇所もあるかと思われる。
原作ではそこそこ頭がよく思索的な人物に感じられる主人公のヘルマンだが、映画内ではかなり鈍重な印象で、才に走って陥穽にハマるというよりは、その愚かさゆえに必然的に破滅へと転がり落ちてゆく因果応報ぶりのほうが強調されているようだ。

何といっても本作の見どころは、老ラネウスカヤ伯爵夫人を演じるイーディス・エヴァンス。
長く演劇畑にいた人で、なんと齢80をすぎてこれが映画初出演だったらしい。
この人の演技がもう、なんとも言えないくらい凄いんですよ。
猛烈に不機嫌で、いじわるで、高圧的で、だけど頭がべらぼうに回って、権力の何たるかを知り尽くした、魑魅魍魎みたいな怖い婆さんを、それはもう嫌ああああな感じで楽しそうに演じてる。もう出てくるだけで全部持っていかれる感じ(笑)。
だからこそ、その死にざまがまた、余計に怖い。
あんな顔して死なれたら、ヘルマンじゃなくても脳に焼き付いちゃうよなあ。
(ちなみに、カード必勝法を手に入れる回想シーンでは、すごい可愛い美人さんとして出てくるのが、なんか『ゴールデンカムイ』のソフィアみたいでねw)

映画の出来自体、きわめて堅牢でしっかりしている。
それぞれのショットには工夫が凝らされ、舞台背景や美術にもしっかりロシアらしさがある。
音の演出も、恐怖シーンのみならず、全編を通じてよく考え抜かれている。
スコセッシ他、多くの人が激賞するのもわかる気がする。

ただ前半、展開する内容の割に長尺すぎて、しょうじき冗長で眠たくなるのもまた確かだ。
ナラティヴもつなぎが今一つ悪くて、総じて何が起きているかが追いづらい。
屋敷に潜入するあたりからようやくリズムに生気が出てくるが、騙した女に教わった侵入経路にたくさん人が居てちっとも安全じゃないうえ、意味のないところでぐずぐずしていて窮地に陥ったり、伯爵夫人に対してノープランで挑んであえなく失敗したりと、主人公のやってることがダサすぎて観ているこちらもだんだん疲れてくる。
ラストの〈ファロ〉のカードゲームも、手作りすらない、親が出すカードを当てるだけのどうしようもない運ゲーで、あれだけ盛り上がれる意味が僕にはよくわからなくて……。というか、「3、7、A」が必勝法ということばの意味自体あんまり腑に落ちないまま(どのシチュエイションでそれを張ればいいのかみたいな限定条件がないと、このゲームでただ順番に3と7とAをぐるぐる張ってるだけなら傍目ただのバカなのでは?)、主人公はあわれ●●してしまった……(笑)

個人的には、主人公像が少しスポイルされすぎているように感じたが、とても丁寧な映画化であることに変わりはない。とにかく、「スペードの女王」その人である伯爵夫人の無双ぶりを観るだけでも、じゅうぶん鑑賞する価値はあると思う。

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じゃい