新学期 操行ゼロのレビュー・感想・評価
全3件を表示
アナーキー・キッズ・リターン
ジャン・ヴィゴは『アタラント号』がよくわからなかったので長らく放置していたが、本作はわかりやすく傑作だった。
フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』、イヴ・ロベール『わんぱく戦争』、ジャック・タチ『プレイタイム』、ルイ・マル『地下鉄のザジ』等のフランス映画に多大な影響を与えたであろうことは画面を見ているだけで容易に理解できた。
物語の後半に巻き起こる暴動は、その端緒こそ怒りだったが、暴動それ自体には常に笑い声が伴っていた。豆スープを投げつけ合うシーン(『地下鉄のザジ』のラストシーンと全く同じ!)然り、羽毛布団を投げつけまくるシーン然り。舞い散る羽毛の中をコットンヴェールの子供たちが勇み歩くシーンはさながら荘厳な宗教的巡礼すら幻視させる。
暴動が過熱するほどに政治的意図が崩壊し、軽やかな祝祭へと転じていくというフランス映画的快楽が1933年の時点で既に確立されていたという歴史的事実に眩暈がした。
子供に人気のある舎監の男がチャップリンの真似をする一連のシーンは、物語ではなく画面の位相からハリウッドを再解釈することから始まったヌーヴェルヴァーグ運動の早すぎた先鞭だといえる。
持っていたボールが消失し、また現れるというジョルジュ・メリエス的なストップトリックや、バスター・キートンのような手振りの大きいサイレントアクションを悠然と用いる一方で、後の『ベティ・ブープ』を予感させる、アニメと実写の部分的なハイブリッドショットを取り入れているという先駆性もみられた。
あまりにも映画史の教科書みたいな映画でかなり驚いている。これを観ずしてフランス映画についてあれこれ喋っていたのがだんだん恥ずかしくなってきた。
あと一番面白かったのは、悪ガキの一人が「豆おばさん」と呼ばれる親戚が案の定豆スープを作っているのを見てブチギレるシーン。「また豆かよ!」と少年は持っていたボールを盲滅法に投げつける。すると部屋の中をバウンドしたボールがスープ鍋の中に叩き込まれ、豆おばさんが飛沫を浴びる。
フランス人って、食い物を粗末にしすぎだ。
少年たちの自由への希求を先取りした抵抗映画
これは反骨精神旺盛な少年たちの自由讃歌の学園ものだが、制作された1933年当時は教育制度に対する痛烈な批判と捉えられ上映禁止となり、公開は大戦後の1945年だったという。曰くつきの問題作としてフランスでは有名みたいだ。夭折の天才ジャン・ヴィゴの代表作。29歳の短い生涯に遺した作品は極僅かであるため、その貴重な作品となる。
しかし、今日の視点では正直衝撃度は少なかった。個人的にも高校生の時に観たリンゼイ・アンダーソン監督の「If もしも...」の方が遥かに驚愕ものであったからだ。その学園内の無差別大量殺人まで発展するイギリス映画に比べれば、こちらは空き缶や古靴などのガラクタを大人たちの頭上に浴びせるだけだから、何とも他愛ないと言ってしまえる程度である。だから、今回の鑑賞で関心を抱いたのは、戦前の厳格な規律と校則に縛られた少年たちの鬱積した自由への希求をどのように映像に焼き付けたかだった。その特徴は、ユーモアを含んだカルカチュアの可笑しさとスローモーション撮影による詩的映像美である。
新学期の登校日に列車の少年たちの席に一緒にいた一人の大人が後に新任の先生と分かるが、この時彼らは死人と間違える。でも翌日の休み時間には、その先生はチャップリンの真似をして道化る。そして、寄宿学校の校長先生が登場すると、この先生が生徒たちの味方であるのに気付かされる。その校長先生は極端に小柄でも権力を振りかざすように横柄な態度を取る。まるでサイレント映画のドタバタ喜劇の悪役を見るようだ。権力を持った大人を皮肉った直接的な表現であるし、ここには校長の威厳は微塵も描かれていない。それに対して新任教師の自由さ。作者ヴィゴ自身を投影した登場人物かも知れない。生徒たちを連れて散歩する町では、美しい女性を追い掛ける奔放さを見せる。対立する生徒と学校、子供と大人の間にいるこの先生の設定が面白い。このカルカチュアされた学園の描写から、後半は一気に盛り上がる。学園祭前夜、決起した生徒たちは革命宣言を読み上げ狂喜乱舞して騒動を起こす。枕が破られ中の羽毛が部屋中に舞い上がる。この生徒たちの怒りの絶頂の表現をスローモーション撮影で詩的に映し出している。これが実に美しい。
ラストは町のお偉方が集まった学園祭に、少年4人組が屋根からガラクタを投げ落とし大人たちに浴びせる。自由になるために身体を動かせと歌いながら、空に向かって屋根の上を歩いていく。
監督のジャン・ヴィゴが、脚本、台詞、編集も担当した45分の短編作品。彼の自由讃歌が込められた、当時において革命的な抵抗映画となっている。
1977年 3月18日 池袋文芸坐
戦前の1930年代の学園を舞台にした映画では、ドイツ映画の「制服の処女」やフランス映画の「格子なき牢獄」から想像しても、今からでは考えられない保守的な体制であったと思う。この頃の子供の自由の権利について取り上げるものも殆ど無かったのではないか。改めて考えると、この映画の取り組みは前衛的で先鋭的だったと云えると思う。ヴィゴ監督は1934年に亡くなっているが、生きていれば1950年代に若者を主人公にした自由な映画を沢山作れたのではないだろうか。
戦前のものとは思えない感覚
全3件を表示


