「ジョン・フォードの珍しいユーモア溢れるイギリス映画にして、気軽に楽しめる巨匠の味わいのあるコメディ映画」ギデオン Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
ジョン・フォードの珍しいユーモア溢れるイギリス映画にして、気軽に楽しめる巨匠の味わいのあるコメディ映画
ジョン・フォード監督は、このイギリス映画を制作した理由について、暫くアメリカを脱出したかったと述べている。この作品の前に「最後の歓呼」を、後に「騎兵隊」を監督しているが、西部劇主体のアメリカ映画から離れて、イギリス映画のジョン・フォードタッチが味わえる貴重な作品となる。それはフォード監督の特長の一つであるユーモアが、ストレートに表現されているからだ。日本来日の際に、帝国ホテルに押し掛けてインタビューした淀川長治さんから一番好きな映画監督は誰ですかと聞かれ、フランク・キャプラと答えたフォード監督。ヒューマニティー溢れるコメディ映画が好きなフォード監督のイギリス的なユーモアが観ていて心地良い、愛すべき小品に仕上がっている。
主人公は、スコットランドヤード(ロンドン警視庁の本部)のジョージ・ギデオン上級警部である。物語は、彼が如何に忙しい仕事に取り組んでいるかを解説したような、ギデオンの周りに起こる事件と出来事を間断なく描いた1日のエピソード集。同僚の不正から始まり、狂人による殺人事件、そして強盗事件といったショッキングな捜査が続くが、映画はそのどれにも深入りはしない。フォード監督が描きたかったのは、事件の進展や解決の関心ではなく、ギデオンの人間性に置かれている。妻との愛情豊かな夫婦の生活感ある姿、交通違反に厳しい新米巡査との奇妙な関わりに見せる人間ユーモア、そして何よりも部下との規律と仕事遂行の誠実で真摯な行動力で見せる上役としての使命感。結局フォード監督は、西部劇の騎兵隊ものから離れても、上役と部下の真面目で勇敢な結びつきに強い愛着を持っている。それは部外者から見れば羨ましいくらいの、あるべき組織の人間関係であり、ヒューマニズムの一つの理想形なのだ。フォード映画の素晴らしさと美しさとは、縦の人間関係がしっかり描かれていることであり、それに対する横の関係である家族愛も人間味豊かに表現されていること。この縦と横の関係が織り成した人間社会が、フォード監督の理想とするヒューマニズムなのだろう。
主演のジャック・ホーキンスが凄くいい。珍しい主演映画だからもあるが、彼の最良と思える好演を見せる。充分な貫禄と人懐っこい人間味を感じさせる演技だ。新米巡査がギデオンの娘と親しくなり、図々しくも当日早々ギデオン家を訪れる下りが面白い。ここの演出は、フォード監督が微笑ましく想いながらやっているなという感じである。映画の結末は、新たに発生した事件に急行するギデオンと運転するその新米巡査がスピード違反で止められ、且つ免許証不携帯のおまけ付きに呆れ返るギデオンの様子が笑わせてくれる。けして傑作と言えるほどの改まった映画ではない。しかし、気軽に楽しみながら演出すると、巨匠ならではの味わいのある作品が出来上がる。他の巨匠で例えるなら、ジャン・ルノワール監督の「フレンチ・カンカン」か。どちらも映画好きには堪らない映画だ。
1979年 1月17日 銀座ロキシー