これからの人生(1977)のレビュー・感想・評価
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移民問題を扱う視点の深さと視野の温かさ、そしてシモーヌ・シニョレの名演がこころに残る
人生ドラマと簡単に云えばそれまでだが、このイスラエル人監督モーシェ・ミズラヒによって映画化された本作は、真摯な生き方を歩む様々な人種の人たちの切実な姿が描かれていて、とても考えさせるものを持っている。アカデミー外国語映画賞を受賞したのも、その国際社会的視野の誠実さが評価されたからであろう。日本人には実感として人種問題を考察することが困難であることを承知で、それを抜きにしても、主演のシモーヌ・シニョレの名演技には、敬服しないではいられない。作品全体のストーリー展開が散漫であるにも係わらず、最後まで魅せたものは、第一にシニョレの太った老体を引き摺っての人生に疲れた迫真の表情であり、第二に対照的に全くの素人の自然な演技をしたサミー・ベン・ユーブ少年とのふたりの美しい信頼感である。
シニョレのマダム・ローザは娼婦あがりのユダヤ人で、今は娼婦の子供たちを預かり、彼らの養育費で生計を立てている。しかし、高血圧の病気を抱え65歳にしては老けて見える。死期も近く、それだけに棄てられたと同然の子供たちへの心配も計り知れない。特に14歳の思春期にあるアラブ人モモへは一際想いが強い。作品は、娼婦たちが巣くう裏街の日常をローザを通して描き、収容所生活の暗い過去と現在のパリの社会変動が表現される。ミズラヒ監督の作為のない演出タッチが物語の視界をじっくりと静かに見せてくれる。坦々とした生活描写のエピソードのなかで唯一異色は、突然現れたモモの父親が、ローザの作り話にショックを受ける場面くらいだ。娼婦のヒモの黒人青年とローザが仲が良かったりする多民族の社会実状が、モモのそれからの人生を問題視する。ローザが治療を拒否し”ユダヤ人の巣”と呼ぶ隠れ部屋に閉じこもる壮絶な最期に対比して、モモはナディーヌと云う映画編集者に引き取られるが、ここに作品の願いが込められている。移民問題に対するマスメディアの役割を問うメッセージが印象付けられる終わり方だった。
79年5月16日 大塚名画座
1980年代以降顕在化した移民問題を扱った先駆け的なフランス映画。貧しい母国を捨て先進国に移住するグローバル化は、宗教・文化・生活信条などの価値観の対立や軋轢を生み、映画の主題も複雑化した。理想は、全ての人が母国の成長と発展を目指し踏み止まることだと思うが、お金がすべての価値観だけだと困難だろう。アメリカ映画は中国資本で低落し、ドイツ映画もフランス映画もイタリア映画もかつての独自性を失っている。21世紀で元気なのは、EU離脱のイギリス映画くらいではないだろうか。移住するなら、受け入れた国の国民に変わらなければ政治も経済も安定しないと思う。
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