「もし上司の頭がおかしくなったら部下はどうしたらいいのか?」ケイン号の叛乱 jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
もし上司の頭がおかしくなったら部下はどうしたらいいのか?
1954制作の本作、舞台設定は第二次世界大戦真っ只中の1944年、アメリカ海軍、老朽掃海艇のケイン号です。
そこに新人即席培養少尉、ウィリー・キース(ロバート・フランシス24歳)が赴任します。キース少尉は母一人子一人の家庭ではありますが母は富豪であり、彼自身プリンストン大学卒で兵学校でも成績優秀のピカピカエリート白人男性です。悩みはクラブ歌手の恋人と子煩悩な母親の間で板挟み状態にあること。
人情派艦長ウィリアム・デヴリース少佐(トム・テューリー)率いるケイン号の規律はダルダルに伸び切っており、堅物キース少尉は馴染めず、そのせいか、うっかりミスを犯します。そのせいで艦長との関係もギクシャクしますが、そこに艦長交代命令が届き、キース少尉はウキウキの様子。
問題は、やってきた新任艦長フィリップ・クイーグ少佐(ハンフリー・ボガート55歳)の頭が変だったこと。
シャツはズボンに入れろだの、ヒゲをきれいに剃れだの、どうでもいいことをネチネチネチネチ注意します。挙げ句にはイチゴの盗み食い犯人を探そうと全乗組員の身体検査を始める始末。それだけならまだしも、訓練では大失敗するし、危険な任務はすぐに逃げようとするし。
これにはさすがの真面目くんキース少尉も辟易させられます。通信長のトーマス・キーファー大尉(フレッド・マクマレイ46歳)はクイーグ艦長をパラノイアだと決めつけ、副艦長のスティーヴ・マリク大尉(ヴァン・ジョンソン38歳)は、表面上は艦長を擁護しながらもこっそり艦長の観察日記をつけ始めます。
艦長のせいで艦内の規律は異常に高まりますが、士気は逆に低下する有り様で、艦長のことを尊敬する部下はいないようです。マリク大尉、キーファー大尉、キース少尉の3人はこの状況を提督に言いつけようと出かけていきますが、キーファー大尉が寸前で日和ってしまいます。
「傍から見れば、艦長の行為は規律を引き締めるための行為に解釈できる。頭がおかしいという確証がない!」
このキーファー大尉の言葉が、本作のキモとなります。いつも接する部下たちには艦長がおかしいことが分かりますが、それを第三者に証明することは至難の業です。
巨大台風に巻き込まれ、ケイン号は転覆の危機に。そんなピンチにも艦長はまともな指示が出せません。副長マリク大尉はやむなく艦長の指揮権の強制剥奪を宣言し、自分が指揮を取りなんとか嵐を乗り越えます。
その後、マリク大尉と彼に同調したキース少尉の二人は叛乱罪で軍事法廷へかけられることに。ここから後半は裁判劇となります。
クイーグ艦長の精神状態を3人の医師が鑑定した結果、「異常なし」と診断されます。乗組員たちはみんな素人なので、艦長の精神異常を立証することなどできません。
最後に、クイーグ艦長本人が出廷し証言を行いますが、彼の言動が明らかに異常であることが分かって一同は気まずい「意味深長な沈黙」ののち、そのまま閉廷となります。艦長の発言→沈黙というシーンは2度目です。
この「結果オーライ」的なエンディングをどう捉えればよいのでしょうか。もしクイーグ艦長が冷静に受け答えしていたら、マリクは絞首刑になったわけですので、まさに紙一重の勝利でした。このあと、熱血弁護士にみんな揃って怒られます。
「お前たちが遊んでたときに命がけで戦ってたのはクイーグ艦長だ!かれはそのせいでPTSDになったのに、そんな彼を笑い者にして追い詰めたのはお前たちだ!彼を助けようとはしなかっただろうが!みんなを焚き付けたキーファー大尉は特に卑怯者だ!」
ボロクソに怒られて一同なにも言い返せません。自分たちが気に食わない上司に対して、「内心の不服従」という目に見えない「叛乱」があったという指摘にみんなしょんぼり。もし気に食わない上司であったとしても、きちんとフォロワーシップが発揮できていたら事態はあそこまで悪化することはなかったはずであり、リーダーシップの欠如を非難するばかりでなく、フォロワーシップにも大きな問題があったと指摘されます。本作はリーダーシップ・フォロワーシップの企業研修にも使えるかも知れません。
「戦争は地獄だぞ!」という前艦長の言葉が思い出されます。体も心もボロボロになるのが戦争であり、クイーグ艦長が異常なのではなく、戦争そのものが異常であるということなのでしょう。若気の至りの正義漢キース少佐も、戦争の苦さを噛み締めます。それはいいとして、艦長を弾劾しようとしたキーファー大尉ははたしてそんなに悪いことをしたのでしょうか。彼のように途中で態度を変えることがそんなに悪いことなのでしょうか。自己保身的ではありますが、あんなに罵倒されるようなことでもないように思いました。「卑怯者」というよりただの「普通の人間」です。物事を傍観者的に冷静に見る彼のような人間も、組織には必要なのではないでしょうか。そういう意味で本作に悪人は出てきません。悪いのは「絶対服従」「規律厳守」という、硬直化した組織の構造的欠陥にあり、それを理解している前艦長が復帰して映画は幕を下ろします。
特筆すべきはやっぱりハンフリー・ボガートの「挙動不審演技」です。落ち着きのない目つき顔つき手つきで心の深い傷を表現する彼の演技は気持ち悪いほどの名演です。本作の演技でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされましたが、残念ながら「波止場」のマーロン・ブランドが受賞しました。名優は3年後、57歳でこの世を去ります。
現実社会において、もし自分の上司の頭がおかしくなったら、部下はどうしたらいいのでしょうか。本作にその答えはありません。市長とか大統領とか会長とか総書記とか理事長とかが頭がおかしくなったら、部下はどうしたらいいのでしょうか。多くの部下たちが今も頭を抱えているはずです。そして現実は本作のようなハッピーエンドではないかも知れません。