クジョーのレビュー・感想・評価
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『原作の上澄みのみを掠め取った出来』
自宅にて何度目かの鑑賞。細部等失念しており、新鮮に観れた。どこかにレビューを残した気もするが、何を書いたか殆ど憶えておらず、新たに書き直してみる。問題を抱える二組の家族を狂犬病に羅漢したセント・バーナードが襲い掛かるホラー。詰め込み感はあるものの、S.キング原作の雰囲気はよく汲み取られている。低予算に加え、35年以上前の製作故、CGIを駆使したシーン等は無く、アナログに頼った工夫を凝らした撮影法が見られ、何かと味わい深い。ただ従順だった大型犬が徐々に狂いつつ醜悪となり、モンスター化する様は恐怖より憐憫が先立ってしまった。60/100点。
・シーンによって荒さはあれど、現場泣かせの動物と子供を巧く使ったと思う。特に撮影時六歳だった為、満足に文字が読めず、現場に附き添った母親の口移しで科白を入れ撮影に臨んだと云う“タッド・トレントン”役のD.ピンタウロ、脱水症(熱中症)の発作や泣き喚くシーン等、デビュー作とは思えないベテラン勢顔負けの迫真の演技であった。観辛さこそあれ、よくあるPOV等での手振れは平気な方だが、本作内の車内を360°グルグル回転するシーンでは不覚にも酔いそうになった。
・撮影時、“スティーヴ・ケンプ”のC.ストーンと“ドナ・トレントン”のD.ウォーレスは実際に婚姻関係にあった。撮影後、D.ウォーレスが二度と乗りたくないと云ったという劇中の車は、フォードの'78年型Pinto Runaboutである。車内で余儀無く籠城させられるシーンでは真夏の設定にも関わらず、実際の撮影時は寒く、車内はヒーターで温められていたらしいが、一旦カメラが回ると、音が入らないようにヒーターは切らざるをえなかったと云う。
・撮影には五頭のセント・バーナードに人が入る着ぐるみ、アップ用のメカニカルヘッドも用いられた。シーンによっては、メイクを施されたロットワイラーも使われたらしい。
・原作者のS.キング自身がシナリオの第一稿を書き上げ、『アリゲーター('80)』を観て気に入ったL.ティーグを監督に推したが、スケジュールが合わず、P.メッダクが監督となった。P.メッダクは“ローレンス・キュリア”のペンネームでクレジットされたB.ターナーに脚本をリライトさせ、撮影に臨むも僅か一日で監督を降りてしまう。急遽、当初のL.ティーグに白羽の矢が当たり、監督に復帰した。L.ティーグは、新たにD.C.ダナウェイを雇い、更なるリライトを脚本に施し、ラストもこの段階で原作から変更された。映像化に際し、原作の変更を何かと嫌うS.キングは意外にもこれを快諾したと伝えられる。製作側は脚本にS.キングをクレジットしたがったが、新作『クリスティーン』上梓のプロモーションで多忙を理由にこれを断ったとされる。
・同じS.キング原作の『デッドゾーン('83)』は、謂わば本作の前日譚に当たる。S.キングではお馴染みである架空の田舎町“キャッスル・ロック”がこの二作の舞台であり、髪型に違和感を憶えたS.ワード(『デッドゾーン』ではT.スケリット)が演じた“ウォルト・バナーマン”保安官も両作に登場する。ネタバレとなるが、『デッドゾーン』で追い詰められ自殺する連続殺人犯、N.キャンベル演じる“フランク・ドッド”は“ブギーマン”となり、本作の序盤でD.ピンタウロの“タッド・トレントン”が怯えるクローゼットのシーケンスへと繋がる。原作では、そもそも“クジョー”は“フランク・ドッド”が飼っていたと仄めかされており、更には邪悪な“ブギーマン”となった後、狂犬病に発症した大型犬に取り憑いたとの暗喩もある。
・噂では“cujo”とは、「止められない力」を意味するインディアンの原語からの引用だとされている。劇中内では邦題の“クショー”より、永井淳訳した原作の訳書名“クージョ”の方に近い発音がされているように聴き取れる。
・L.エリオット監督の手によってリブートが進められていると伝えられている。タイトルは"Canine Unit Joint Operation"の頭文字を摂って"C.U.J.O."と改められ、DJペリーを主演に迎え、鋭意製作中との事だが、どうやら本国アメリカでもDVDスルーの扱いとなりそうであり、'19年5月現在、我国ではリリースがどの様な形になるか未定である。
・鑑賞日:2019年1月26日(土)
ドッグ・デイ・アフタヌーン
勝手にキング原作映画特集2。
今回は『クジョー』!
原作本は『クージョ』のタイトルで出版されている。
ちなみにこの『クージョ』が漫画『ジョジョの奇妙な冒険』
第3部の主人公の名の由来らしいという素晴らしきムダ知識。
物語のあらすじはこうだ。
とある炎天下の昼下がり、人里離れた修理工場に
車の修理を頼みに来た若い母親とその幼い息子。
2人はそこで、巨大なセントバーナード犬の
“クジョー”に襲われる。
ふとしたきっかけで狂犬病を患ったクジョーは、
飼い主である工場の主人やその周辺の
人間を噛み殺してしまっていたのだ。
車内に隠れて身を守ろうとする母子を、
憑かれたかのように執念深く狙い続けるクジョー。
運悪く、エンストで動かなくなる車。
じりじり上がってゆく車内温度。
止まない襲撃への恐怖。
息子を守る為、母親は巨大な怪物に
独り立ち向かう覚悟を決める……。
いわゆるソリッドシチュエーションスリラー
とやらの先駆けとも言えそうなアイデアだ。
前半では主人公である母親が抱えるトラブルと、
クジョーが狂犬病で変貌してゆく様を描き、
後半ではクジョーの襲撃を限定空間で描く。
血塗れ泥塗れのクジョーは、もはや犬ではなく化物。
恐怖と熱射病のダブルパンチでみるみる憔悴してゆく
息子の演技もゾッとするほど真に迫っている。
この悪夢のような状況、子を持つ親なら気が気でないはずだ。
B級映画だが恐怖感は十分。原作と異なる
ラストは予定調和だが、まあ好きずきかな。
ただ、序盤のシーン(クローゼットの怪物)は
原作を知らない方からすると、その後の展開への
繋がりが薄く、不要なシーンに思えるだろう。
また原作では、元来優しく腕白なクジョーが狂暴に
なってゆく自分自身に戸惑う描写が随所あったのだが、
犬の心情描写を映像で表すのは流石に難しかったか。
クジョーが怪物以上の存在に見えない点が残念。
が、ひとつ印象的だったシーンがある。
クジョーの飼い主である少年(工場主の息子)が、
理性を失いつつあるクジョーを朝霧の中で見つけるシーン。
呼び掛けにも応じず、暫く少年を見つめ、
静かに霧の中へと消えてゆくクジョー。
まるで少年に別れを告げるかのように。
夢のようにぼんやりと美しく、物悲しい場面だった。
作り手はこの場面でクジョーへの
シンパシーを示したかったのだろう。
以上! 馴れ親しんだ犬が元凶と化す
という着眼点が光る佳作スリラー。
<了> ※2012.04初投稿
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