劇場公開日 2023年12月23日

  • 予告編を見る

「ドライヤー監督の純粋映像の美しさに圧倒されるキリスト教映画の名作」奇跡(1954) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ドライヤー監督の純粋映像の美しさに圧倒されるキリスト教映画の名作

2022年5月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

このデンマーク映画の主題はキリスト教信仰の核心であり、それについてのある一家の挑戦である。それ故仏教徒の日本人が理解できるものには限界があるだろうし、いくら熟慮したところで私個人の信仰に及ぼす程の影響もない。しかし、この決定的に疎遠な題材でありながら、心の何処かで実は深い感銘を受けたことが不思議なくらいなのだ。キリスト教映画で、これに近い経験を持ったことがある。それは、スェーデンの巨匠イングマル・ベルイマンが神の不在を扱った「冬の光」のときで、救いを求める人間の弱さを認めたところに信仰と神の存在が必要とする一種のパラドックスの概念である。”沈黙”だからこそ、人間が創造した宗教が生み出されたのではないかと考える様に至った。神が答えてくれなくても、人間の思考から行動をより深い精神性で補うことが出来るのが宗教なのであろう。そこに導くだけの映像美が「冬の光」にはあった。

このカール・テオドア・ドライヤーの「奇跡」は、その神の不在とは対極の人間の力が及ばない生死についての神の奇跡を扱っている。「冬の光」が現実的とすると、これはとても非現実的であり、有り得ないだろうと思いながらも感動してしまう理屈では説明できない映像世界があった。それは偏に、荒涼たる北欧の風土に生きる人間の飾り気の無い、素朴にして純粋な生活を描写した映像の圧倒的な美しさと純度の高さにある。イングマル・ベルイマンやロベール・ブレッソンのモノクロ映画と類似した映像世界ではあるが、ここにはドライヤー監督独自の映像美と集中度の高い演劇的演出があり、程よい緊張感を待たせながら最後の劇的展開まで誘うのだ。これはドライヤー監督の唯一無二の演出力と感服せざるを得ない。室内シーンのカメラワークは正面から捉えたショットが中心になり、舞台劇の迫力を生み出している。原題を『ことば』とするだけの生活に密着した日常の会話劇。それでいて観る者を引き込むドライヤー監督の演出が素晴らしい。登場人物ひとり一人の人格設定とその配置は、舞台劇の戯曲のようにシンプルにして個性的に創作されている。

それは国籍や宗教の違いがあっても、芝居として人間を描いている映画の表現力と魅力に違いない。ボーエン家の家庭生活は、ひとつの生活信条を大切にして生きている人たちの住み家であり、対立するペーター家との宗派の対立も生き方の違いとしての作劇と捉えることが出来る。敢えてキリストの奇跡などあり得ないと主張する牧師を登場させることや、権威を振りかざす自信過剰な医師の存在は、主人公ボーエン家の人々の信仰心の純粋さを際立たせる役目でもあろう。これら余計なものを一切省いた信仰についての家庭劇は、最後の奇跡のクライマックスを感動の劇的終結で纏め上げている。何というストーリー、何という演劇、何という映画だろう。これは第一級の映画作品である。

  1979年 2月19日  岩波ホール

1955年制作のこのドライヤー作品には、特別な驚嘆と感動に包まれました。日本公開の1979年は傑作揃いの外国映画が並び、生涯忘れられない年です。ベストテンも選定に困るくらいで、アンゲロプロスの「旅芸人の記録」オルミの「木靴の樹」ヴィスコンティの「イノセント」と合わせ順位を付けるのが憚られるほどでした。
参考までに当時の私的ベストテンを記すと
①奇跡②旅芸人の記録③木靴の樹④イノセント⑤リトルロマンス⑥プロビデンス⑦これからの人生⑧郵便配達は二度ベルを鳴らす⑨ディア・ハンター⑩女の叫び  次点 インテリア
改めて見ても、上位4作品は別格ですね。

Gustav