「圧倒的画力。息をのむ。」風と共に去りぬ とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
圧倒的画力。息をのむ。
朱色を基調とした赤。タラの地を照らす夕陽。黒いシルエット。
父にタラの土地の重要性を説かれるシーン。
どんなことをしても、二度と飢えないと誓うシーン。
有名なラストのシーン。
要所要所で現れる印象に残る映像。
迫力のある逃走劇。
燃え盛る駅を駆け抜ける馬車。
敗残兵と共に、逃げ惑うシーン。
なんと、力強い画なのか。
前半の華やかなパーティのシーン。お昼寝のシーンでさえ、その贅沢な雰囲気に酔ってしまう。
一転して、後半。贅沢の極致。前半の比ではない。幾つものランプに照らし出される部屋。
ベルベットが敷き詰められた階段。
なれど、暗い。暗闇に何かがうごめいていそうな。
そして、負傷者が並べられている駅の風景。
だんだんと引きの映像で見せる。
ああ、これほどの負傷者が…。絶句。
百聞は一見に如かずとはいうものの、この映画ほど、その画の威力に満ち溢れたものはないのではないだろうか。
休憩を含む、前半後半の映画。
南北戦争に突入し、参戦から敗戦までの前半。
敗戦後の有様を後半に描く、スペクタクルーー一大叙事詩ーー映画。
前半は圧巻。
世間知らずで、世界は全部自分の思い通りになると思っていたスカーレット。
思い通りにならぬことも出てくるが、それでも甘い考えで人生を決めてしまう。
だが、そこから、戦争に巻き込まれ、頼れる母・両親もいず、したくもない看護もやらされつつ、とにかく、生き抜いていく。わがまま放題だが、アシュレーに約束したことだけは守り抜こうとし。
と、スカーレットが経験したことを中心に、南北戦争の中で、南部の人々の生活が変わっていくさまを映し出す。
上記のような画の力もあり、とてつもない迫力で迫ってくる。
後半。
敗残兵や逃亡兵によって、荒らされつくした地。
そこにやってくる、人々を食い物にしようとする輩。
奴隷制度の上に成り立っていたとはいえ、南部の支配階級として存在していた人々にとっては、”信”で成り立っていた(と思っていた)のに、今や、人を出し抜いて生きていく、商才のある人がのし上がっていくさまが描かれる。
スカーレットも、人を踏みつけにして生きていくような人々の政策に翻弄され、前半で誓った通り、その頭で考え付く方法をとって、生き抜こうとする。綿花の栽培、木材の販売等、商才を発揮するのだが、そのあたりはあまり描かれず。
スカーレット、レット、アシュレー、メラニー、少しだけベルも、の愛のさや当てを中心に描かれる。そんな中で、スカーレットの心の成熟を追った、”愛”とは何ぞやを描いた物語と言えばそうなのだが…。
私自身がまだ成熟しきっていないのだろう。共感できて格好いいと思えるのが、ベルだけで、あとの4人は今一つ共感しきれない。
スカーレットとレットの絡みは、自分自身に素直になれない男女の有様を見ているようで、それはそれで、物語としては惹きつけられる。スカーレットのためにいろいろとやってくれ、愛をささやいてくれるレットに魅かれていく気持ちは判る。もっと素直になればよいものをとイタイが。だが、アシュレーに魅かれる気持ちが理解できない。10代の頃なら、理知的な雰囲気に魅かれるのも判るが、あれだけの生活経験をしてもなお?
レットに関しては、常にスカーレットを子ども扱いしているところが、なんだこの男と思ってしまう。スカーレットに魅かれるのも、気ままな猫を手元に置きたいくらいに気持ちなんじゃないかと。
アシュレー。先に記したように、私にはこの男の魅力がまったくわからない。
メラニー。夫を固く信じる貞淑な妻。ベルへの偏見もなく、負傷兵や敗残兵も、夫もどこかでこうしてもらっているのだろうからと、面倒を見る。半面、生きるためには仕方がないが、逃亡兵の金銭を盗んだりもする。強い。設定では”病弱”で、スカーレットの世話にならなければ生きていけないと説明台詞が入るのだが。スカーレットの方が、体が細いのもあって、よっぽど、ガラス細工のように脆く見えてしまう。スカーレットが”火”なら、メラニーは”水”か”風”?だが、”土”に見えてしまうのだ。”土”はタラ、ひいてはスカーレットの象徴のはずなのに。
う~ん。
そして、ラスト。
「明日考えればいいわ」「明日は明日の風が吹く」
場当たり的な対応(最初と二度目の結婚、アシュレーへのしがみつき)をしてきたスカーレットが言うと、「ちゃんと考えろ」とマミーのように説教したくなる。
だのに、夕焼けの空、タラの地、そこに黒いシルエットで前を向くスカーレット。そんな画に流れるタラのテーマ。すべてを失いつつも立ち上がる人々の象徴のように見え、力が湧いてくるから不思議だ。
世界中の人々を力づけてきた映画。愛されるのも判る気がする。
(原作未読)