「言葉を奪われた街」アルファヴィル neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)
言葉を奪われた街
本作は、一見するとスパイが人工知能に支配された都市に潜入し、アルファ60を破壊して女性と脱出する物語です。しかし、その本質は合理主義を極限まで徹底した社会がもたらすディストピア的寓話にあります。
この都市では「辞書」が聖典として扱われ、そこから言葉が次々と削除されていきます。「意識」や「なぜ」といった言葉が消えると、人間は哲学や詩や感情を表す回路を失い、自分で考えることすらできなくなる。言葉の喪失はそのまま思考の縮小と感情の浅薄化につながるのです。これは単なる未来都市の物語ではなく、合理化が進む現代社会への鋭い警告とも言えるでしょう。
映像的にも特徴的で、未来的なセットを使わず、当時のパリの新しい建物やホテルをそのまま撮ることで「未来はすでに今ここにある」という異化効果を作り出しています。また、正面からの顔のアップや壁を背にしたシャロースペースの多用は、人物の内面を掘り下げるのではなく、「言葉を発する顔」として人間を突き出します。さらにセリフの洪水と余白の少なさは、論理に支配された息苦しい世界そのものを観客に体感させる仕掛けでした。
一方で、本作を観ていると「夢の断片」を連想させます。ひとつひとつのシーン自体には整合性がありますが、それが繋がるとバラバラに感じられ、物語の全体像は霧のように掴みどころがない。これこそがゴダールの特徴であり、彼の映画的魅力であると同時に、彼がハリウッド的因果性の物語を組み立てられないという限界でもあると感じました。
そして最後にナターシャが「愛している」という言葉を取り戻す瞬間が、この映画の核心です。辞書的に閉じられた言葉ではなく、経験や思想と結びついた言葉が人間を救う。ゴダールが描きたかったのは、合理主義を超えてなお人間が人間であるために必要な「愛」と「詩」の力であり、そのメッセージは今見ても私の胸に鮮烈に響きました。
鑑賞方法: U-NEXT (HD画質)
評価: 90点