「あるファシスト党員の人生を賭けた逡巡の内面を描いたイタリア近代史の証言」暗殺の森 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
あるファシスト党員の人生を賭けた逡巡の内面を描いたイタリア近代史の証言
イタリアのアルベルト・モラヴィア(1907年~1990年)の原作映画化「ふたりの女」(1960年、ヴィットリオ・デ・シーカ)と「軽蔑」(1963年、ジャン=リュック・ゴダール)を最近観直して、長い間評価保留にしていたベルドルッチ作品を録画リストから鑑賞しました。この翻訳タイトル『孤独な青年』の原作小説は上記2作より古く1951年に発表されていて、約20年後にベルナルド・ベルドルッチ監督(1941年~2018年)が手掛けたことになります。因みに「ふたりの女」の原作が1957年、「軽蔑」の原作が1954年でした。原作と映画のイタリア語タイトルは『Il Conformista/体制順応者・順応主義者』で、ベルドルッチは大枠のストーリーを借りながら、反ファシズム運動の教授夫妻暗殺事件を重点にして、主人公のファシスト党秘密警察員マルチェロ家族の亡命と事故死のエピローグを省略しています。ムッソリーニ政権から弾圧を受け戦中は偽名で作家活動を続けていたモラヴィアの反ファシズム思想に、ベルドルッチ独自の倒錯的耽美が加わった異様な映像感覚が特徴の作品です。
「ふたりの女」でも経験した鑑賞履歴で改めて思うのは、第二次世界大戦におけるイタリア政治の複雑さでした。時代背景として暗殺事件のあった1938年10月15日のイタリアを整理すれば、独裁者ベニート・ムッソリーニ(1883年~1945年)が1922年ローマ進軍を経てファシスト党の一党独裁体制を確立してから、1935年にはヒトラーと提携し、日独伊三国同盟(1940年)の前身でありコミンテルン(ソ連指導の国際共産主義運動)対策の日独伊三国防共協定が1937年に締結されました。そしてイタリアが第二次世界大戦に参戦したのが1940年の6月ですから、開戦の約2年前にあたります。主人公が子供を儲けて家庭を築く映画のラストは、ムッソリーニが失脚した1943年7月の事件があった時で、将来に不安を募らせるファシスト党員のマルチェロ・クレリチは、39歳になっています。クレリチは1904年生まれの貴族階級の出自、13歳で運転手パスクアリーノ・セミラマから性虐待を受けてトラウマを抱えたのが第一次世界大戦最中の1917年3月25日でした。クレリチの青春期のイタリアは、同盟国ドイツ・オーストリアを裏切る形で第一次世界大戦に参戦し、戦勝国となっても経済不況と社会不安が深刻化した暗い時代と言われています。そんな1922年のファシスト党政権誕生時には18歳になり、その後大学で哲学を学んだ知識人でも、世の中の変化にどう順応していくのか、悩み深かったに違いありません。父が精神病で施設に隔離され、母親は退廃的生活に溺れた没落貴族の家庭環境では、理性的な判断を貫くことも容易ではなかった。この自己の内面形成と国家体制の狭間に置かれた境遇の悲劇として描かれたのが、この映画のテーマと思われます。
映画はマルチェロ・クレリチとジュリアが新婚旅行でパリを訪れ、暗殺当日の朝を迎え特務情報員マンガニエーロから電話を受ける場面から始まり、犯行現場になるサヴォイアの教授別荘に向かう車中で、暗殺前日までのクレリチの過去がフラッシュバックで説明されます。舞台背景の社会的状況の複雑さ、主人公クレリチの曖昧なアイデンティティ、そして謎解きの映画形式により、初回だけの鑑賞で理解するのは難しい映画であり、少なくともモラヴィアの小説を読んでいないと分かり難いと言えます。しかし、初見で感じた暗殺を遂行する主人公の孤独と、この時代の倒錯的雰囲気は、映画として充分表現されているのも確かであり、そこにベルドルッチ独自の映画美があります。ストーリーを分った上で再度、撮影と音楽を併せて観直しました。
1938年のある日、ラジオ放送でファシスト党のプロパガンダをする盲目の友人イタロは、クレリチに党幹部を紹介する。それまでどんな職業に就いていたのかは描かれておらず、秘密警察に就職し安定した収入を得て、プチブルジョワ家庭のごく平凡な女性ジュリアとの結婚を考えている。ファシスト党の大臣に会うシーンの描き方が面白い。無機質で無駄に広い役所を歩くクレリチの姿は堂々として自信に溢れている。採用されるために恩師で反ファシズムのクアドリ教授の身辺調査の計画書を提出しているのが、ここで明かされます。婚約者ジュリアを訪ね、司祭から告解と聖体拝受をするようにとジュリアから告げられる。その母親と三人で食事をするシーンでは、匿名の手紙でクレリチの父親の病気に遺伝性があると密告があったことを言われる。しかし、その手紙を態と見せるこの母親が仕組んだことのように描かれているのが、興味深い。娘の婚約者に梅毒の検査を強いるのは、当時まだペニシリンが正式に治療薬として確立していなかったからであろう。検査を受けると聞いた後の母親の表情に首尾よくいった安堵感が溢れ、盗み聞きしているメイドの描写で彼女も一役買っていたのが想像できます。クレリチが母のいる実家を訪れるところも不思議な演出で、尾行されるシーンのカメラアングルを故意に傾けて、軽快な音楽がミスマッチのように流れます。母と二人で父の面会に行くために来たのに、初めて知ったマンガニエーロに母の情夫アルベリを始末させるクレリチは、貴族の主のように邸宅を歩く。運転手が消えた車から母親とクレリチが降りるところの枯れ葉が風に煽られるカットのベルトルッチタッチ。父がいる病院は石造りの古代遺跡みたいで、精神病の父は詐病をしている様にも見えて、これも不思議で謎めいています。告解で明かされる13歳のクレリチ少年と34歳のクレリチが、車の前に立つカットで重ねる演出も面白い。セミラマに導かれた邸の一室での出来事から拳銃を奪い乱射するクレリチ少年は、彼が死んだと思い込み、自殺と見せかけて脱出する。イタロの所属する目の不自由な人たちの集会では、ファシスト党が幅広く支持を受けていたことが分かります。ここでクレリチとイタロが、“正常な人間”について会話します。自分と同じ人間が好きで、自分と違う人間を警戒する。当時のイタリア人が独裁政権に洗脳されていたことを、このイタロの価値観で説明しています。少年期の性的自覚と家庭崩壊から悩み苦しみ、自我を形成する時になっって母国イタリアは全体主義の一党独裁国家になっていった。正常になるためには、その国家体制に順応したファシストとして、ごく普通の結婚をすることが、クレリチの答えでした。
新婚旅行の途中でクレリチ一人が指令を受けるために訪ねる、フランス国境近くのヴェンティミリアという港町のファシスト党幹部の別荘のシーンもまた謎めいた表現でした。クアドリ教授暗殺命令を受けて、私的な旅行の目的が激変します。ここで顔に大きな傷跡が残る娼婦を抱きかかえるクレリチですが、似た顔の女性をローマの大臣室で観たことがフラッシュバックした彼の性的な衝動がパリのクアドリ教授宅で出会うアンナ夫人につながる偶然性の不気味さ。これを挟んで、長く6年もの不純な異性交際を告白した妻と車中で行為をするシーンの窓から見える黄昏の風景の美しさ。撮影監督ヴィットリオ・ストラーロ(1940年生まれ)が創作した絵画のようなカメラワークが、ベルドルッチ監督得意のデカダンス表現美を高揚させます。列車が橋を渡り光が点滅してから、突然真っ赤な夕陽が車内まで染め上げる。そして太陽が沈むと深い青色の海に変わります。リアリティのある背景描写ではなく、このドラマ全体を象徴する色彩表現としての見事さ。
第二次世界大戦前夜の巴里の夜は、その深く暗い青色に染まり、1920年代の狂騒の時代の残り火のようです。不穏な時代をアンナとジュリアの怪しげなダンスで象徴化したナイトクラブのシーンでは、クレリチとアンナの愛憎まみえる心理の探り合いが続いたまま、クライマックスの暗殺の森になります。アンナがサヴォイアの別荘に行かないように願ったのは、クレリチの本心であったものの、朝電話でクアドリ教授夫妻が同行したと知ってどう対処するか逡巡することで、この映画のフラッシュバックの組み立てが成立しました。しかし、車中のクレリチのアップには、アンナを取るか体制に逆らわないかの二者択一に迷っても結論は決まっていた表情が見て取れます。“正常な人間”は、一時のよろめきになびかない。体制順応者の宿命として人間の心を棄てたクレリチは、ムッソリーニ失脚の報を聞いて、心が復活しかけて、イタロに誘われ街に出る。そこで26年前に人を殺めてトラウマを抱えた人生を歩んできた自分の前に、死んだと信じ込んでいたセミラマが哀れな姿で現れる。生きるために覚悟を持って秘密警察に入った正常な判断は、二重の意味で否定されます。ここで完全に心を失うクレリチの虚無感に、過酷な時代を潜り抜けざるを得なかったモラヴィアの創作意図が込められていると解釈しました。
主演のジャン=ルイ・トランティニャン(1930年~2022年)は1943年のクレリチと同じ39歳の頃の年齢で、適役以上の演技力を見せます。内面の曖昧さを求めるベルドルッチ演出に応えるのは俳優として難しいと想像しますが、それを克服した深みもあり、とても感銘を受けました。ドミニク・サンダ(1951年生まれ)は、17歳でロベール・ブレッソンの「やさしい女」(1969年)で映画デビューした、ミステリアスな妖艶さの女性美を備えた稀有な女優さんで、このアンナ役も彼女独特な存在感で素晴らしい。19歳には思えない成熟した心身両面の美しさが記録されています。「イタリア式離婚狂想曲」(1961年)や「ミラノの恋人」(1974年)が懐かしいステファニア・サンドレッリ(1946年生まれ)もジュリア役を好演していて、俳優陣の充実度も非常に高い。ジョルジュ・ドルリュー(1925年~1992年)の音楽は、ベルドルッチ演出タッチにあった多様なメロディを駆使して、悲劇ドラマらしくない軽快な音楽も、不思議な魅力になっていて感心しました。
謎多きストーリーに、ストラーロ映像の美しさ、音楽の意外性含めた表現力、俳優陣の的確さ、そしてベルドルッチの遊び心含めた演出の巧みさが突出した、イタリア近代史の傑作でした。
多数の共感どうもです。
あ、私「ルナ」だけ観てました。でも、ジル・クレイバーグの顔しか覚えてません。今観たらきっとヴィットリオ・ストラーロのカメラが気になると思います。
「フランケンシュタイン」のダン・ローストセンのカメラは、たった1ヶ所しかFIXしてなくて凄かったですよ。
Mr.C.B.2さん、共感ありがとうございます。
私もベルドルッチ監督の作品をほとんど観ていません。「ラストタンゴ・イン・パリ」は、映画館で眠ってしまいましたし、代表作の「1900年」も未見のまゝです。「ルナ」「ラストエンペラー」「シェルタリング・スカイ」「ドリーマーズ」だけです。評価が高い初期の「殺し」「革命前夜」「暗殺のオペラ」はいつか観たいと思っています。
観た映画だけのイメージでは、ゴダールとヴィスコンティ、パゾリーニの影響を感じますが、やはり唯一無二の耽美主義がベルドルッチ演出の特徴と思います。デカダンスとオペラ的な表現はヴィスコンティの後継者と思っていましたが、大胆で自由自在な演出タッチはゴダールですね。今回は特にヴィットリオ・ストラーロのカメラワークと色彩の美しさに唸りました。難解で謎が多く残りますが、不思議とそれに想像力を刺激される魅力があります。
素晴らしいレビューでした。
私は本作を十代の時に観てこの監督は合わないと思ったので(次が「ラストタンゴ・イン・パリ」だった事もあり)それ以来スルーしてました。「ラスト・エンペラー」さえ未見です。
今、鑑賞すればまた違う感想を持つのだと思います。

