アジアの嵐のレビュー・感想・評価
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蒙古人の民族解放のイデオロギー映画だが、ラマ教などのエキゾチックな東洋文化の記録性が高い
エイゼンシュテインと並んでソビエト映画を代表する名匠フセヴォロド・イラリオノヴィッチ・プドフキン監督の秀作。蒙古人のパルチザンの活躍が、描かれた中心テーマである。アジアの民族解放闘争のイデオロギーが強調されているものの、それだけではなく、ラマ教の儀式や蒙古の風俗、そして蒙古人の生活感ある風習が印象的に記録されている。西洋映画では味わえない、エキゾチックな東洋文化を初めて目にして、とても興味深く鑑賞出来た。原版はサイレント映画だが、今回上映されたものは1949年に再プリントされたトーキー版で、迫力のある映画の魅力が増しているのではないかと思った。ただ残念なのは、様々なモチーフを取り入れての脚本の盛り上がりという点で一つにならない点だった。民族解放がすんなりと最後の感動に結び付かないで終わってしまっている。
事件の発端は、蒙古の青年バイルが父から貰い受けた珍しい銀狐の毛皮を市場で不当に安く売られてしまう。ここまでの荒漠とした蒙古の広野の大地の映像美とバイルの家族の導入部の描写は素晴らしい。市場は白人の統制のもとにあった。取り戻そうとして白人と喧嘩になったバイルは、相手を傷つけ、軍隊の出動を招いてしまう。それで、ひとり山中に逃亡するが、そこで蒙古独立のパルチザン隊に巡り会い親交を結ぶ。
一方、白人の軍隊の司令官ペトロフ大佐は、表面上の親善を装いラマ教の儀式に参列する。このラマ教の風俗や美術が、その土地に住み生きる人間の呼吸を感じさせて、見入るほどの魅力と記録性がある。ここに、白人の軍隊とパルチザンが交戦中という知らせが入る。ここまでの流れはとてもいいと思ったが、それからが腰砕けになる。捕虜になったバイルは即銃殺されそうになるのだが、所持品のお守りのなかにあった秘文で、彼がヂンギスカンの子孫であるのが判り、今度は白人の野望の為に悪用されることになる。傀儡君主に仕立てられたバイルだが、白人令嬢の首に巻かれた毛皮を見て、搾取された記憶を蘇らせ奪い取る。続いて彼の目の前で一人の蒙古人が惨殺されて、ついにバイルの怒りは爆発するというのだ。物語の主人公としての人間的な魅力を引き立たせるストーリー展開ではない。帝国主義の白人側を批判するのは解るが、東洋人蔑視の価値観が拭い切れない脚本の出来である。
それでもプドフキンの演出は、素晴らしい。異文化を尊重した作家の視点とモンタージュ手法を生かした映像処理は、素直に見応えがあった。これで脚本が良ければもっと名の高い作品になったと思うと惜しまれる。
1979年 6月2日 フィルムセンター
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