「爽やかな感動をよぶ結末」愛と青春の旅だち Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
爽やかな感動をよぶ結末
総合90点 ( ストーリー:90点|キャスト:90点|演出:80点|ビジュアル:70点|音楽:85点 )
海軍の士官候補生といえば将来が約束された有望株であり、片田舎のしがない工場勤めの若い女性にとっては彼らとの結婚は玉の輿である。まだ社会に出る前の学生時代に最初に観たときにはこの部分をそれほど意識しなかったが、彼らの間には歴然とした階層の差がある。一生をたいした仕事もないまま田舎で貧乏暮しをして過ごすのか、世界中を飛び回る栄光のアメリカ海軍士官操縦士の妻として過ごすのかは大きな違い。
だから彼女たちは普段のみすぼらしい服を脱ぎ去って、ここぞと着飾り士官候補生をものにしようと出かけていく。反対に士官候補生にとっては厳しい訓練期間を楽しく過ごすための一時的な遊び相手が欲しいだけであり、遊び相手と本気で恋愛して結婚するつもりはない。そこには大きな溝があり、それで双方の思惑がぶつかりあうのである。
だがこの作品はそのような話に止まらず、もっと多角的に登場人物を見せてくれる。美男子だけど不幸な生い立ちから自分のことばかりを最優先するひねくれものだったリチャード・ギア演じる主人公ザックが、人を信頼し信頼される士官候補生として成長していく過程が良い。ザックとポーラの関係があり、ザックの親友シドとポーラの友人リネットの関係があり、ポーラとリネットのとる行動には決定的な違いとそれがもたらす結末の違いが出来た。
そしてなんといっても候補生をいきなり「オクラホマにいるのは牛かホモだけだ」と罵倒してしごき続ける鬼軍曹を演じてアカデミー助演男優賞を獲得したルイス・ゴセット・Jrが圧倒的な存在感を示す。彼は怖いだけの教官ではなく、常に誰が国の将来を担う士官となるにはふさわしくないかを厳格に試しているし、だから例えばザックが能力はあっても性格的に独りよがりだと見ぬいている。彼がいたからザックは士官にふさわしい人物に変わることが出来たし訓練を終了することが出来た。だから原題の『an officer and a gentleman』なのだ。
そして厳しい訓練を生き抜き、卒業式で仲間と共に帽子を空に飛ばして共に歓び、ただの士官候補生から正式に少尉として任官され士官となって、ザックはかつての上官であった軍曹の上官となる。卒業する場面でザックと軍曹が交わすわずかな会話が実に感慨深いし爽やか。士官候補生としてのザックの物語はこれで終わるが、そのあとも軍曹は新しく入ってきた候補生に「アリゾナにいるのは牛かホモだけだ」と怒鳴り続けるのである。
そして白馬の王子ならぬ真っ白な制服姿に士官となった証の金の縁取りをつけてポーラのいる製紙工場に堂々と侵入し、働いている彼女をみんなの前で颯爽とさらっていく最後にやってくる本当の結末は、本当に清々しくて爽快な旅立ちとなる。だから私は英語の原題と全く異なるこの邦題は、ちょっとくさいけれどあながち間違っていないと思う。訓練を終え人として成長し士官になり、でもそんなこと抜きで愛を知った二人の姿がひたすらに爽やかで幸せな気持ちで満たされる。だから不幸も乗り越えて結ばれた二人をただただみんなが祝福するのである。ポーラもまた愛を知り、だからこそずるいことをすることなく踏みとどまり、それでザックの信頼と愛を得た。アカデミー賞をとった音楽がまた素晴らしくて雰囲気を盛り上げる。
これが自分にとって初めて観たリチャード・ギアの作品だったと思う。リチャード・ギアといえば「プリティ・ウーマン」が大きな出世作として有名だが、私にはこちらのほうが圧倒的に良かったし、十数本観た彼の作品の中で今でも本作品を一番高く評価している。
追加(2020年5月4日)
この映画はかなりお気に入りで、テレビで放送されていたのでまた観てみた。ついでにネットで色々と調べてみたので、その情報を追加で記載しておきます。
脚本はありがちなことだがいくつか変更されている。その中でも父親の役割が面白い。
最初の場面でシアトルで父親が娼婦2人と寝ている。しかし脚本では、実は前日は1人の娼婦がいただけだった。しかし息子のザックが訪ねてきたので巨乳のグロリアを追加で呼んで、1つの寝床で親子で酒を飲みながら2人の女と乱交を楽しんだのだ。そして朝になって起きたザックがまだ寝ている3人を見下ろしている。映画ではだらしない父親を見下しているかのようだが、実はザックもその行為に関わっていてそのことを思い出していただけの場面だったとは驚いた。これでは意味が全く正反対に違う。
そして海軍に士官候補生として入ると告げるザックに、息子に敬礼をしなければならなくなるとちょっとした言い合いになる。(ここは作品でも脚本通り)
その後、父親はザックの訓練期間中に会いに来て、父親を愛しながらも裏切られ自殺するまで追い込まれた母親との関係について尋ねるザックと喧嘩をする。その場面をポーラに観られる。それが後のザックのポーラに対する行動に影響を与えたと思われる。
最後に、卒業式に父親はザックの姿を観るために参加し、ここで士官となり父親よりも高い階級についたザックに、父親は上官に対する敬礼をする。
このような父親の役割が作品ではほぼ無くなっていた。父親はただ駄目なだけの、息子が反面教師とするだけの存在になっていた。だが元の脚本では、そんな父親と実際には同様に駄目だった息子が努力をして遂に士官となる。そんな普段の生活態度と仕事上のことだけでなく、父母の関係をも顧みて自分は女性に誠実であろうとしようとしたことが示唆され、また父子の関係も昔と変わったことがわかる。士官になるとは、行動規範としても士官であることが求められるが、ザックは士官にふさわしい行動を出来るようになった。そんな重要な役割だった父親の話が省力されていたのは残念だった。
実は驚いたことに、この内容が書かれている元の脚本がネット上でそのまま公開されていました。英語ですが興味のある方はどうぞ。日本の映画も含めて、映画の脚本というのを私は初めて読みました。
www.dailyscript.com/scripts/officerandgentleman.pdf
その他として、
・ザックの乗った自動二輪はT140E Triumph Bonnevilles 、リネットの乗った車は1962年型 Ford Falcon Fordor De Luxe。
・ザックの恋人役のポーラを演じたデブラ・ウィンガー、リチャードギアと仲がよくないだけではなく、自身を初のアカデミー賞候補にもしてくれたこの作品そのものも嫌いらしい。
・リチャード・ギアが演じたザック役も、デブラ・ウィンガーが演じたポーラ役も、ルイス・ゴセットジュニアが演じたフォーリー軍曹役も、有名俳優をはじめとしていろんな人に配役を尋ねてみたがなかなか決まらず流れ流れてこの3人になり、結果として3人とも知名度が上がった。
・ルイス・ゴセット・ジュニアは鬼教官という役柄上、撮影中は違う場所に住んで他の共演者と会わないようにされていた。
・卒業式でフォーリー教官に卒業生が1ドル硬貨を慣習として渡すが、ザックの渡した硬貨だけは特別な卒業生からの硬貨として服の反対側の違う場所に収納している。
・作品中に歌われ名曲として知られる「Up where we belong」は、実はプロデューサーのドン・シンプソンが気に入らず別の曲にしたがっていた。その曲は "On The Wings Of Love" by Jeffrey Osborneで、Youtubeで聞くことが出来ます。私は「Up where we belong」のほうが全然好きです。
・最後にザックが制服姿で工場に侵入しポーラをさらっていく場面は、リチャード・ギアもハックフォード監督もやりすぎではないかと考えていて当初は反対だった。だが本番前の練習でこれをすると、工場にいた出演者たちが自然に作業を止めて拍手をし泣いたほど盛り上がったことから、そのまま本番でも行われることになった。私も脚本通りにして成功だと思います。
(出典:IMDbより https://www.imdb.com/title/tt0084434/trivia?ref_=tt_trv_trv)
原題は『an officer and a gentleman』であり、よくわからない。英語版Wikipediaによると、conduct unbecomingという言葉が省略されているが、英米軍の士官の守るべき行動規範である言葉から来ているらしい。これを守れていないものは罰せられるということ。
The film's title uses an old expression from the British Royal Navy and subsequently from the U.S. Uniform Code of Military Justice, as being charged with "conduct unbecoming an officer and a gentleman" (from 1860).
Article 133. Conduct unbecoming an officer and a gentleman:
Any commissioned officer, cadet, or midshipman who is convicted of conduct unbecoming an officer and a gentleman shall be punished as a court-martial may direct.